2000
ダ・カーポ ただ今、東奔西走

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2000年10月2日の巻2000/10/02

いよいよ、シドニーオリンピックも早いもので、もうおしまい。

今、豊川でのコンサートからの帰り道。新幹線の中で書いています。

結局、日本のメダルは金5、銀8、銅5。今回も金のはずが銀とか、
メダルが取れそうなのに四位とか、あと一歩が多かったですね。
でも、アトランタよりメダル数は増えたんだから、これで良しとしなくては!
選手の皆さん、お疲れさまでした。

しかし、このオリンピックで僕は舌を二度も噛んでしまいました。
一度は柔道の野村選手の決勝戦の時。
ヤワラちゃんが金メダルを取った直後だったので、

ヤワラちゃんに続けとイケイケムードの興奮状態の時に、
広子が何だかんだと質問してきたのでした。
「何で青い柔道着を着てるの?」とか、野村選手は「学校へ行こう!」に
出演してる癒し系ミュージシャンの「カモンベイビー!」の子に似てるとか、
あんまりうるさいので、「黙って見てらんないの!?」と言おうとしたら、
舌を思い切り噛んでしまった。
肉が切れて、めくれちゃって血が出た。
もう一度は、野球の3位決定戦の時。
相手は韓国。広子は最初から韓国チームを日本だと勘違いしていて、

相手のヒットを「ヤッタヤッタ!日本が打ったヨー!」とはしゃいでいるので、
「あのなー!」と言おうとしたら、また噛んだ。
それも同じ場所を噛んでしまって、一度目より血が出た。
舌を噛むと痛いよー! 皆さんも気をつけて下さい。
やっと直ってきたところなのですが、
10日以上も食事をするのに、とても苦労しました。
さて、ここで何故かクイズです。
Q:舌の傷に一番痛い食べ物は次のうちのどれでしょう?
[1]マーボー豆腐 [2]酢の物 [3]アイスクリーム

さて、答えは?・・・もったいぶって次回、発表します。

ところで、水泳男子100m自由形の予選第1組、見ました?
赤道ギニアのモーサンバニ選手! 感動したね!
実に楽しく見せてもらいました。
1組目の選手はたったの3人。そのうちの2人はフライングで失格。
結局、たったひとりで泳ぐことになちゃったんだけど、2人が飛び込んだあと、
我らモーサンバニもつられて危うくプールに落ちそうになったの見てました?
僕は見てました。

前のめりになって、足をブルブルさせて、懸命にこらえてました。
しかし、泳ぎの方は50mまでは元気がありましたね。
だけど帰りは疲れ切って、プール中央で失速!
前に進まなくなっちゃった。あと10mではおぼれそーに・・・。
あれでHelp!と叫んだら、きっと誰か助けに行ってたと思う。
後で各国のマスコミのインタビュー責めにあったそうですが、
泳いだ感想は?と聞かれて、「ひとりは泳ぎにくかった」と答えたそうです。
オリンピックは何といっても勝つことに意義があると思うのですが、
我らのモーサンバニを見てると、

参加することに意義があるのは本当かなと思ってしまいました。

さて、勝つことに意義があるといえば、
女子マラソンの金メダリスト高橋尚子選手。
僕は彼女に"武蔵"を見ました。計算し尽くされたしたたかな戦略。
始終、先手を取る積極さは他の誰にも自分の走りをさせなかったように思う。
18キロ過ぎの最初のスパートは、
市橋選手にドリンクを手渡したのをきっかけにし、
35キロのシモン選手を引き離す時には、

サングラスを派手に投げ捨てた直後だった。
コースの右寄りを走っていた高橋選手は
自分の左側にいたシモン選手の目前を、
左側の歩道めがけてサングラスを投げ捨てた。
(そこにはお父さんがいたそうですが・・・。)
一瞬、シモン選手は何をしたんだ?という顔をして、
サングラスの行方を追った。
その一瞬の機を逃さず、スパートしたんですね。

勝つためには手段を選ばず、機先を制し、相手の意表を突く。
宮本武蔵著の「五輪の書」を読んでみると、
武士道のなんたるかなんて一言も書いてないのに驚く。
書いてあるのは、ただ勝つための戦法なのです。
何でもありっていう感じで、人の弱みを突けとか、
相手の動揺を誘えとか言っている。
そこには情け容赦ない勝負師の冷徹な視線が感じられて、
本を読んでいるだけで息苦しいような気持ちになります。
しかし、これこそ「勝つための方程式!」

(巨人が優勝して口惜しいから使いたくない言葉ですが)なのだ!
それにしても日本人は勝負に淡白ですよね。
勝つために、なりふり構わず行けないところがあると思う。
そうするのは、みっともないと思っている節がありますよね。
本当は勝負にきれいごとなんて通用しないのだろうけど、どうも醜く勝つより、
きれいに負けようってなりますよね。
柔道を見てると解るけど、柔道というぐらいだから日本人には「道」なんだけど、
外国の人たちは勝つためにだけ戦っている。
きれいな技で決めるとか、

一本勝ちを目指すなんて外国の柔道家から聞いたことないですものね。
だけど現実は、
「これが柔道?」って思うような技にやられても負けは負けなんですね。
でも、はっきり言って、あの技を見ていると、あれは「柔道」じゃないね!

それにしても今回のオリンピックの日本選手たちは、
女性の活躍が目立ちました。
そして、可愛くてきれいな人が多かったですね。
ヤワラちゃんも色っぽくなったし、女子競泳陣も垢抜けした娘ばっかりでした。

マラソンの3人娘も美人ぞろい!
それからそれから、ソフトボールの球のような顔をした高山投手。
ライズボールとかいう、ものすごい球を投げるあの選手。
若い時の広子に少し似てます。
みんなみんな可愛い顔して、ババンババン!でした。

オリンピック期間中、日本人選手たちのために
ずっとコンサートで歌っていた「五輪」という歌の詩をご紹介します。




『五輪』
≪シドニーオリンピックに出場する日本選手たちに送る≫

榊原 広子 詩
榊原 まさとし 曲

【1】遠き遠き 南十字星の
   星を星を めざさん
   涙見せず 何にも語らず

   熱き心 示さん
   日の出ずる国から
   五輪の光放てよ
   夢路なるシドニーよ
   花を咲かせたまえ

【2】青き青き 空と海に
   人も人も とけ合う時
   風になって 水になって

   戦う獅子とならん
   勝ちて名乗る誉れを
   五輪の空に掲げよ
   輝けるシドニーよ
   花を咲かせたまえ

【3】人に臆せず 我におごらず
   持てる力 今尽せよ
   敵はいつも 外(ほか)にあらず

   我が心に 潜む
   世界中の勇者よ
   五輪の旗に集えよ
   大いなるシドニーよ
   花を咲かせたまえ
   大いなるシドニーよ
   花を咲かせたまえ

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ダ・カーポ ファンクラブ発足によせて
『長くやってるっていうことは・・・』2000/08/08

8月10日は、ダ・カーポのデビュー記念日です。デビューして27年。
長くやってると、不思議なことに気がつきます。

少し前の話になりますが、時代を先取りしているお洒落な、
ある女性誌から取材の申し込みを受けました。
実は若い頃、この雑誌に何度か取材を申し入れたのですが、
そのたびに断られた経験があるのです。

あの時がだめで、なぜ今ならいいのか。
自分ではちっとも変っていないつもりだから、そこんところがよくわかりません。
長くやっているだけで希少価値的存在になったから?
それとも、ここまでがんばったご褒美だというのかなぁ・・・。
そう、それです!ゴホウビに違いありません!
世の中って嬉しいことに、苦しい目に、辛い目に会った分だけ
『がんばったで賞』をくれるようなのです。

ご存知の方も多いと思いますが、
四年前、広子は変形性股関節症という病気で五ヶ月間の入院をしました。
左右両側の腰骨を切り出すという大手術を受けたのです。
たくさんの人たちが同情してくれ、励ましてくれました。
「治って良かったですね。これからもいい歌を・・・。」
出版した「歩けるって幸せ!」(講談社)という闘病記にも感動していただき、
大変な思いをしたからこそ、
その復活と存在を認めようとしてくれているようです。

芸能界にはゴールがない!

また芸能界ではベテランも新人も、
いつもみんなスタートラインにいると言われています。
はたまた「ウサギとカメ」ではありませんが、
先に行ったウサギが途中で気がゆるんで昼寝をしてくれたおかげで、
のろまなカメがいつの間にか先頭を切っていたりすることもあるのです。
のろのろしてても、どんくさくても、
ましてやゴールがないと言われるこの世界となれば、
まさに継続は力なのですね。

長くやっている者の勝ち!
カメさんはエライのだっ!・・・と言っても
夫婦デュオ最年長歌手のギネスブックに載ろうなんて考えてはいません。
(ホントは少し気にしてるけど・・・)

この頃、ありのままの自分で『大丈夫』と思えるようになってきました。
自分の居場所とか、存在理由が意識下で分かってきたところがあって、
これでいいんだと思うようになったのです。

若い頃は、
やみくもに流行のサウンドを取り入れることばかりに気をとられていたり、
「さわやかですね」と言われるのが嫌で、
「そればっかりじゃありません!」という曲を出したりしたものでした。
今は柔らかい気持ちで歌ってる。
そうすると、人の心が開かれてゆくのがわかって、
誰かの心に優しさとか、思い出とか、元気を置いてゆく感じなのです。
心と心がつながって一体になってるなという充足感に満たされるのです。

人にはそれぞれ自分がベストに生きられる

相性のいい『年齢帯』というものがあるんじゃないかと、この頃つくづく思います。
今が一番幸せと思えることって、何より幸せなんだろうと思う。

だけど、うちの広子はちょっとかわいそうなんです。
ダ・カーポをウサギとカメに例えれば、
ナンテッタッテ僕がカメだから、彼女はウサギ。
ウサギはカメのペースにどうしたって合わせなければなりません。
射手座でB型の広子はスピード感が身上なのに、ダ・カーポである以上、
カメがこれ以上速く歩けないかぎり、

ウサギはカメに付き合わなければならないのです。

一気に駆け抜けたいのにそれができないウサギさん。
一緒にゴールを切ろうなんて、ひとことも約束してるわけでもないのに、
そう思い込んじゃってるから、ホントかわいそう・・・。
ゴメン! でも、これで行くっきゃないよね!?

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2000年7月5日の巻2000/07/05

またまたスケッチの話じゃなくて、ごめんなさい。
なんか書きにくいのです。
どういうのか、やっぱり怖いんですよね。
仮にですよ、絵についてのエッセイを書いたとします。
すると、そのホームページを御覧になった方々から、
「ホーォ! ぜひ見たいもんだ」というメールが届きます。
しかし、人様に見せられるような代物じゃありませんから・・・と

僕は断ります。
すると、「いいから、いいから! とにかく見せろ」とせっつかれます。
人のいい僕は断り切れなくて、そんなに言うんならと見せてしまいます。
すると、初心者なんだからヘタで当り前とか言ってた人に限って
「ホントにヘタだったんだ・・・」
「こんなだとはネェ・・・」
「イヤー、ビックリした!」と小声で言うに決まっているのです。
人間ってイヤだね! 世間って怖いネ! というわけで、
絵の話はちょっとお預けとさせていただきます。

さて、話は変りますが、このところ書き慣れているはずのサインをするたびに、
ある感慨を覚えています。
サインの一番下に日付を書きますよね。
2000年の○月○日と書くわけですが、今年になってから
『2000』と書くたびに、実は僕はとても感動してしまうのです。
2000年ですよ。何てったって!
この大いなる節目に立ち会えるなんて実にドラマチックですよね。

1999年のノストラダムスの大予言も幸いにして当たらず、

こうして2000年を迎えたわけです。
そして、来年はいよいよ21世紀。
しかし、どうして21世紀は2001年からなんでしょうかね?
2000年からじゃいけないのでしょうか。
数学的思考が活発じゃない僕にとって、どうもすっきりしないんですよね。
お年寄りがよく、満何歳だとか、かぞえでいくつだとか言いますけど、
あれも何だかややっこしいと思いませんか?

それにしても、考えてみるとこの2000年という1年間は、

新しい時代へ向けて自分を振り返り、
見つめ直す神様がくれた助走路なんじゃないかと思うのです。
そう考えると、この2000年という意味合いや位置付けも納得できますよね。
そして21世紀は『復活』の時代でもあると思います。
自国の伝統的な美意識とか独自性のような、
何か目に見えないものが見直され復活すると思う。
そうしないと新しい時代を始められないんじゃないかな。
三段跳びや走り幅跳びの選手が助走路を走り出す時、
必ず自分の足元を確めてから第一歩を踏み出すようにね。

広子が日本的なものに目覚めて、日本舞踊やお茶をやり始めたのも、
時代の流れというか、見えない力につき動かされたんじゃないか
という気がします。
いずれにしても、お互い21世紀へ思い切りジャンプしたいものですね。
ダ・カーポも助走路を走り始めたところですよ。


21世紀へ向けて作った歌です。
コンサートでは最後の曲として歌っています。

『Say Hello! to 21』

榊原 まさとし 曲
榊原 広子 詩

     わざとらしい恋愛や なんか自分じゃない仕事や
     お金の話ばかりしずぎていたかな?
     勝ったとか負けたとか 先を争ってきたけど
     人の幸せ少しは喜んであげてたかな?

       新しい時代のアラームが鳴り響く
       21世紀がもうすぐ押し寄せる 泣いても笑っても

       ☆2001年 2001年 愛に生きるしかないと思う
        手をつなごう 心つなごう そうだよそこがUtopia

     すべての悪い思い出と ちょっと使い過ぎのカードと
     こじらしたストレスはここに置いてゆこう
     胸にしまった悲しみと しまえなかった優しさと

     見逃した夢たちはゆこうへ持ってゆこう
       行き暮れた地球の子供たちは待っている
       21世紀の地平に輝くエメラルドの夜明を

       ☆☆2001年 2001年 本気で生きるしかないと思う
        夢をつなごう 時をつなごう そしたらきっとParadise

     新しい時代のアラームが鳴り響く

     21世紀の神様だって奇跡は起こせない
     ☆(Ref.)
     ☆☆(Ref.)


P.S.もっとエッセイを!というメールが多いようですので、
どんどん書きます。読んでくださいね。

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2000年6月5日の巻2000/06/05

今回のエッセイは、僕がスケッチを始めたことについて書く予定でしたが、
変更させていただいて、最近初めて、その存在を知った“顔ダニ”という
おぞましい生き物について・・・。

この顔ダニ、体中どこにでもいるらしいのだが、主に顔に集中しているのだという。
顔の毛穴に住んでいて、夜中、人間が眠ってしまうと毛穴から這い出して、
顔面の油分を食べ回るのだそうである。

ぞっ、ぞーっ!とするではありませんか。
多い人になると、何でも40万匹も飼っているそうで、それだけの数のダニが
自分の顔面を這いずり回っているのかと想像するだけで、
ぞっ、ぞーっ!とするではありませんか。

男と女とどっちが多いかと言えば、アブラぎった中年男は別格として、
断然女性!
何といっても化粧する分だけ多いのだそうだ。
そういえば化粧品って、あれは油分でできているようなものでしょ?
ということは顔ダニのエサを毎日、塗りたくっているようなものなのですね。

厚化粧の女性ほど沢山いるということなのかな。
なんだか、これからはきれいな女(ひと)を見ても、
真っ先に顔ダニのことを考えてしまうなぁ。

TV各局のワイド番組で、こぞって女性リポーターが実験台となって、
顔面の皮膚からこそぎ出された分泌物を、顕微鏡で覗かれていたけど、
大きなTVモニターにその顔ダニが、もぞもぞ映し出されると、
どの女性リポーターも「ギャー!ギャー!」って悲鳴をあげては
「イヤーッ!動いてるーっ!」って同じことを叫んでた。

僕も顔中がにわかにむずむずしてきて、その日から朝、昼、晩と

入念に洗顔をするようになった。
そんな風にせっせと洗顔をしてる僕の横で、
広子は平然と歯ミガキしながら下目使い(注:こんな言葉があるのか知らないけど、
蔑みと哀れみとを合せた冷やかな視線)で、こちらを見るのです。
「あんなものいたからって何だっていうの?」とは
剛毅なもんじゃないですか。
蛇が道を横切るだけで、30cmは飛び上がるくせに、
これほどダニに強いとは今の今まで知らなかったのであります。

それから1ヶ月ほどして、また例のワイド番組。

またまた、顔ダニを取り上げているではありませんか。
今度はダニ研究家の先生にまで取材をしている。
その先生によれば、顔ダニは実は人間になーんにも悪さをしないのだそうである。
顔を不潔にして、あんまり繁殖させ過ぎるとニキビなどをこじらす原因になることも
あるそうだが、顔ダニのダニーちゃんはダニの中でも、可愛い、いい子のダニなんだそうである。

現代は清潔志向が過ぎて、
昔から人間と共生してきた微生物を必要以上に排除してしまったおかげで、
新たな病気さえ生んでしまっているのだそうだ。
「ほーらね! だいたい無菌コートのボールペンなんて、ありゃなに?
人間がどれほどきれいだっていうの!」

と言い放つ広子はエライかもしれない。

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2000年4月5日の巻2000/04/05

このところ広子は、お茶だ、着物だ、歌舞伎だと、「和のもの」に凝り始めまして、
実は少しこちらは迷惑しております。
走り始めたら止まらない性格ですから、行き着くところまで行かない限り、
もう誰にも止められないのです。


近頃は日本舞踊にまで手を出しまして、
週一回、ご近所の師匠にお稽古をつけてもらっています。
長唄の「松の緑」が上がって、
今「藤娘〜潮来出島の〜」に取り組んでいますが、
この日舞ほど非日常的なものはありません。
笛や三味の音が「ピ〜、テトンテトシャン」と聞えてくると、
もう何もかも世界は藤娘の藤色一色になってしまいます。
そうなると私の思考は停止し、何にも手につかなくなってしまうのです。

日舞とは、その場に居合わせた者を一瞬のうちに、
むらさき色に染め上げてしまう恐るべきものというのが私の実感です。

これがまた、いつにもまして熱心な広子でありまして、
その上、根が真面目というか、すぐ一心不乱状態になる性格なものですから
練習することすること!
私がひとり、リビングのテーブルで
次回のコンサートの曲目に苦慮していたりしますと、
例の「ピ〜、テトンテトシャン・・・」が始まりまして、
私の視野の片隅から金色の扇がひとすじ侵入してきたかと思うと、

いつ着替えたか着物姿の本人が遠い目つきで、
ツツーッと右から左へと音もなく横切るのです。
一番踊り終るまで7〜8分。
目前に繰り広げられる舞いに圧倒されながら固まっている今日この頃です。

さて、私も広子に負けじと水彩画を始めました。
それもハガキサイズのハガキ絵!
(何だか広子と較べるとチマチマしてるなあ。

次回は、そんなことを書こうかと思います。
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