2002
ダ・カーポ ただ今、東奔西走

2002年12月27日の巻2002

早いもので、今年も残りあと僅かです。
そして、この東奔西走も久しぶりの更新だというのに、
今年は今日の更新で最後になってしまいました。
今年も一年間お世話になりまして、本当にありがとうございました。
来年も引き続き、ダ・カーポをどうぞよろしくお願い申し上げます。

来年・・・と言えば、新年1月2日にはNHK−BS2にて、
ダ・カーポの海外ロケのドキュメンタリー
『ヒマラヤの詩 〜ダ・カーポ 金色の光を求めて〜』が放送になります。
内容は御覧になっていただいてのお楽しみなのですが、
普段のテレビ出演している時やコンサートの時とは違ったダ・カーポの一面を
感じていただけると思います。
ネパールで作った新曲も番組内で御披露しますので、
是非、御覧になってください。
そして、この番組を御覧になっての率直なご感想など聞かせていただけると
大変嬉しいです。

  ≪送り先≫〒150−8001 東京都渋谷区 NHK放送センター
            1/2放送 BSスペシャル「ダ・カーポ」係
「是非また見たい」とか
「家ではBSが見られないので、総合で放送して欲しい」
などといった再放送のご希望もどしどしお寄せください。
お待ちしています!!
それから、
この番組のサウンドトラック盤がコロムビアから1月18日に発売になります。
ダ・カーポがネパールで作った曲が全て収録されていますので、

こちらのほうもよろしくお願いします。

寒い日々が続いていますので、皆様お体に気を付けて、
どうぞ良い年をお迎えください。

2002年11月25日の巻2002

おでんの美味しい季節になった。

あつあつの大根に芥子をたっぷりと付けて、
ハフハフ頬張る時は至福の時である。
コンビニにおけるおでんの鍋の位置は必ずレジの横だ。
そして、なぜか弱々しい湯気を立てている。
このおでんを遠方から電車を乗り継いで買いに来る人はまずいない・・・
だろう・・・。
レジに気弱そうな女子高生のバイトなんぞが居る時は、
オバサマが鍋など持参で買いにくる。
大根、ちくわ、コンニャクの3コを買って、汁をタプタプタップリ持ち帰る。

芥子もたっぷり持っていく。
そのタップリは何に使うのだ!!
後から買いにくる人は汁なしおでんで良いのか?
はたまた水っぽいおでんでいいのか?
ええっ!? などと店主に代わって心配をしている。

そうでした、コンビニおでんの心配などしている時ではない。
問題は明日(26日)から始まるレコーディングの件だ!
12月7日、横浜関内ホールで行なう30周年コンサートの件だ!!

1月2日の10:30〜11:30(←時間が変更になりました)に放映される
NHK−BS2「ダ・カーポが出会ったヒマラヤの詩」の視聴率の件だ!!!
ついでに言わせてもらえば、2月14日に
ザ・ホテルヨコハマで行なわれるバレンタインディナーショーの件だ!!!!
ネパールから帰国してからのダ・カーポは少しおかしい。
第一、目の焦点が合わない。
誰に会っても手を合わせ「ナマステ」と挨拶をするし、
「オンマニパニフン、オンマニパニフン(?)」と呪文のようなものを唱えている。
ウーム、こよなく"やさしーく"なってしまったのだ。
地球と人類と生きるもの全てに愛を感じてしまっているのだ!!

こんなことでよいのだろうか?
ボクはダ・カーポに成り代わって心配をしている。
とにかくダ・カーポに会って、正気づけて欲しいのである。

2002年11月12日の巻2002

ネパールロケから帰り、10日程たったある日、
ダ・カーポが彼の地で出会った美人について話し出した。

それは、あるホテルのロビーでのこと(そのホテルは教えたくない)。
夕食を食べて、暫しスタッフと談笑をしている時だった。
「あら、綺麗な人!」広子の声に全員が振り向くと
「ウーム、ム、ム、ム」又は「―――――(無言)」
全員がうめいたそうだ。
赤紫色の民族衣装を着た女性がゆったりと歩いてくる。
頬に優しげな微笑をたたえ、二階に通じる階段を昇り始め、
ふっと消えたそうだ。
その御姿には一条の光が差し、後には何とも言えぬ芳香が漂ったそうだ。

「ほーっ」この溜め息は呪縛から解き放された全員の「ほーっ」。
「美しい」とダ・カーポは言い、「まるで天女だ」とは音声の柴田さん、
そしてカメラマンの金沢さんは「いや、現代のクラオパトラだ」と言ったそうだ。
いずれにしても美人、美形、いい女、
そんな域を遥かに越えたものすごいものだったらしい。
中国風に言うならば、
沈魚落雁蔽月花恥←ちんぎょらくがんへいげつかしゅう
(漢字が違うかもしれません)。
魚は水底に沈み、飛んでいる鳥さえポタリと落ち、月は隠れ、

花さえも自らを恥らう・・・。
それほどの美女だったらしい。
ボクはあんぐりと口を開き、その話に聞き惚れた。

まだある。
チトワンでは女性達が沐浴をする姿を見たとゆう。
色とりどりのサリーをまとった女性達の沐浴だ!!
朝日を反射して川面はキラメキ、濡れたサリーが身体の曲線を浮き立たせ、
慎ましく、清らかに沐浴する女性達よ。

あゝ、乙女たちよ(乙女ではない人もいるだろうけど)。
その光景は荘厳、優美、いや美しい、感に堪えぬ・・・に違いない。
品性、俗物、軽薄、直情なわたくしは、それほどの地がまだ地球にあったか、
それほどの美人が生息しておるのか。
ネパールとはなんと素晴らしい国ではないか。
行こう、行きたい、今すぐに、
コロムビアの前山さんを誘って、その美女を伏し拝みに行きたいのである。
とまぁ、いつものように軽薄でスミマセヌ。

以上のような話やシーンがあるかもしれない
12月7日の横浜関内ホールでのコンサートに是非来てください。
そして、1月2日の22:00〜23:00は
NHK−BS2にチャンネルを合わせてください。

2002年10月29日の巻2002


横浜文化賞の懇親会にて 受賞の皆さん 横浜文化賞の懇親会にて 横浜市の中田市長と 中田市長とダ・カーポ 横浜文化賞の懇親会にて 文化賞受賞の鶴岡さんと 文化賞受賞の鶴岡さんと
「賞にはあまり縁が無いはずのダ・カーポ」(とは、うちの社長の弁)が、 昨年の「ヨコハマ遊大賞」に続き、 今年は「横浜文化賞奨励賞」をいただきました。 「横浜文化賞」とは、横浜市の文化の向上及び発展に寄与することを目的に、 横浜市の教育、芸術社会福祉、医療、産業、スポーツ振興等の 文化発展に尽力し、その功績が顕著な方々に贈られます。 そして現在活躍中の若手又は中堅層でさらに今後の活躍が 特に期待される方等に贈られるのが「横浜文化賞奨励賞」で、 横浜市では最も権威のある賞です。 贈呈式は、 去る10月26日(土)には横浜みなとみらいホールにて行なわれました。 以下に、「横浜文化賞奨励賞」を受賞したダ・カーポからの御挨拶を ご紹介させていただきます。 今回の受賞は、長年、横浜を拠点として頑張ってきたご褒美だと思っています。 横浜でダ・カーポを結成して30年余。 ということは広子との付き合いも同じ年数になるわけです。 (よくもまぁ!ここまで来たもんです。) 賞をいただいた時、今まであまり振り返ることのなかった過去の思い出が 次々とよみがえってきました。 横浜に残っていた子守唄や童唄の採譜活動。 横浜をテーマにした数々の歌たち。 毎年12月の関内ホールでのコンサート(今年で17回目)。 あれもこれも横浜が好きだからこその思い出です。 この賞をいただくきっかけとなった『よこはま詩集』にちなんで、 僕は横浜の街角をスケッチするようになりました。 横浜は新しさと歴史がモダンに入り組んだ絵になる街だと改めて知りました。 横浜に育てられたダ・カーポは、 これからも横浜がもっと愛すべき街になるように、 恩返しをしていきたいと思っています。 実は取材旅行で3週間のネパールの旅をしてきました。 ところが旅の途中でまぁちゃんは腎臓結石で緊急帰国というアクシデント。 その後、私は彼のいないヒマラヤ登山へ。 3,880mのシャンボチェの丘までたどり着き、 エベレストの光を仰ぎ見てきました。 変形性股関節症の手術の経験を持つ私は、 歩き通した達成感と身体的にも大きな自信を得ることができました。 帰国後、このような賞をいただき、 ますます充実感とやる気がみなぎっています。 これからもダ・カーポを応援してくださいね。

2002年10月23日の巻2002

またまた長らく御無沙汰していまい、失礼いたしました。
気が付いてみたら、もうすっかり秋なのですね。

ところで、この皆さんに御無沙汰してしまった短い期間にも、
実はダ・カーポはいろいろと活動をしていました。

まずは9月17日に、
新曲「悲しみにさよならを/雨の匂い」が発売になっています。
(詳しいことはお知らせのページに載せてありますので、そちらを御覧ください。)
そして、その発売を記念したイベントが、
9月20日にTBSストア前で行なわれました。
大沢悠里さんも駆けつけてくださって、

たくさんのファンの方々に囲まれた楽しいイベントになりました。

更に9月24日からは、
何と三週間以上にも及ぶネパールロケに出発したダ・カーポです。
宗教も文化も社会も・・・日本とは全く違う国を目の当たりにして、
ダ・カーポにとっては、とても興味深く、考えさせられる旅になったようです。
この旅の模様は
ダ・カーポのドキュメンタリー番組「ダ・カーポが出会ったヒマラヤの詩」として、
来年1月2日22:00〜NHK−BS2で放送予定です。

どうぞお楽しみに。
さて、この旅を終えてダ・カーポが帰国したのは、10月18日の早朝でした。
(実は、まさとしさんが腎臓結石のため一足先に帰国していましたが・・・。)
無事に帰国したダ・カーポを労おうと、
その日のお昼はご馳走を持ってダ・カーポの自宅に集合しました。
用意したのはお寿司、おそば、煮物など、もちろん日本っぽいもので、
久しぶりの和食に舌鼓を打つダ・カーポでした。

しかし、ホッとしたのも束の間で、

翌日には、もう鳥取・広島でのコンサートへと旅立って行きました。
本当にお疲れさまです!!

ここまで、ダ・カーポの近況を駆け足でお伝えしましたが、
折を見て詳しいお話もしていきたいと思っています。

インデックス まさとし編へ

悲しみにさよならを2002/09/04

皆様、お元気でしょうか?
ちょっと御無沙汰してしまいました。

ダ・カーポは、この八月十日でデビュー三十年目に突入しました!
まだまだ歩き続けるダ・カーポです。

さて、九月十七日(火)に
とうとうTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」から生まれた歌が、
ダ・カーポの新曲として発売されます。(当日、「ゆうゆうワイド」の生出演あり。)
タイトルは「悲しみにさよならを」。
リスナーの方々から詩を募集し、
曲をつけ発表するというコーナーをやらせていただいて、

もう二年になろうとしています。

「悲しみにさよならを」は、
石川洋子さんという主婦の方から散文形式の詩を補作させていただき、
曲をつけました。
“病”で先立たれた御主人を今も忘れられず、
立ち直れないでいるという内容で、この歌を歌った時は、
大沢悠里さん始め、スタジオ内が涙にくれてしまいました。
その上、放送エリア内の、車を運転中の皆さんを、

涙で運転不可能にしてしまったという怖い歌です。(事故は起きなかったよね。)

それにしても、今まで苦楽を共にしてきたふたりが、子供も独り立ちし、
これからふたりだけの人生を歩き出そうという時に、
連れそう相手を失う悲しみは、察するに余りあります。
これは僕達にとっても人ごとではないのですが、
なるべくお互いに考えないようにしている節があるようです。
“ふたりで一人前”でやってきましたから、どちらかが欠けた時のことを思うと、
情けない話ですが、生きてゆく方向が見つからないまま、

あてもない日々を過すことになるのかも知れません。
そんな事を思うと、歌を歌っている今を! こうして生きている今を!
もっともっと大事にしなくてはと思うのです。

これからますます頑張るダ・カーポです。
どうぞ、九月十七日の「ゆうゆうワイド」を聞いてください。
そして、九月二十日(金)【※注1】には、東京赤坂のザ・TBSストア内、
大沢悠里さんを交えてのキャンペーンなどを行ないます。
どうぞお出かけ下さいませ!

P.S.
NHK−BS2のお正月特別番組【※注2】のロケのため、
九月二十四日からネパールへ三週間ほど行ってまいります。
只今、準備やら仕事の整理に追われてます。
土産話をお楽しみに!





※注1・・・新曲発売イベントがあります。
      詳細はお知らせのページを御覧ください。
      イベントにはどなたでも参加出来ますので、
      どうぞ皆様お誘い合せの上、御来場ください。
※注2・・・この番組は、2003年1月2日10時30分より、
      BS特集『ダ・カーポが出会ったヒマラヤの歌(仮題)』として
      放送予定です。

2002年8月22日の巻2002

残暑お見舞い申し上げます。
とても暑い日々が続いていた今年の夏も、
どうやら終わりが近づいてきたようです。
昼の食事に出かける時はまだまだ暑いのですが、
心なしか弱くなった日差しに、乾いた空気が、
秋の気配を感じさせてくれます。
しかし人間とは勝手なもので、
あれほど「早くこの暑さから逃れたい!!」と願っていたのに、

いざ、「もう夏が終ってしまうのか」と思うと、
寂しく感じてしまうから不思議です。

ところで、わたしはこの夏、早ばやと7月の後半にお休みをいただいて、
なんとイタリア旅行へ行かせていただきました。
ローマの遺跡やフィレンツェの教会、そしてヴェネツィアの街並みなど、
とても素晴らしいものがたくさんありましたが、
帰ってくる飛行機の中でつくづく感じたのは、
「やっぱり日本はいいなぁ〜!」ということでした。

最近はいろいろと問題も増えているとはいえ、
治安はいいし、人々は親切丁寧、その上ご飯も美味しい・・・ですよね。
旅行がお好きな方は、きっとそんな風に思わないのだろうと思いますが、
わたしは心の中で、
「次の旅行は国内にしよう、しかも仕事とは無関係で・・・。」と固く誓って、
今年の夏休みを終えることになりました。
皆さんの夏休みはいかがでしたか?

さて、ダ・カーポファンクラブでは、ただ今、

12月7日の関内ホールでのダ・カーポコンサートチケットの優先予約を
受付中です。
会員の皆様はもちろん、新規ご入会の方もOKです。
チケット料金の割引もありますので、この機会に是非、
ファンクラブにご入会いただいてチケットをお求めください。
お問合せは、ダ・カーポファンクラブ tel/045-662-2223まで。

インデックス まさとし編へ

久しぶりの昨日・今日・明日です2002/07/17

すみません・・・本当に御無沙汰してしまいました。
根が、“今日出来ることは明日でも出来る”という性格なもので、いけませんね。

≪BayStarsの応援歌がCD化!! 感涙にむせんでます≫
それにしても「光陰矢の如し」、月日の経つのは早いもの。
W杯で日本中が盛り上がったのも嘘のようで、わずかに騒がれているのは、
ジーコが日本代表の監督になったとか、
ベッカムの髪型が変わったとか変わらないとかの話題ぐらい。

実は、僕の心は、この梅雨空のように低く、重苦しくユウウツなのです。
何を隠しましょう!
我がBayStarsの信じられないような不振をW杯の大騒ぎで、
かろうじて忘れていられたのに、
今や、いやが上にも目の前にクローズアップされてしまったからなのです。

実は、6月に『月刊BayStars』の取材を受けたものですから、尚更です。
ダ・カーポは「BayStarsを観にいこうよ」という歌を歌っていて、
4月に横浜スタジアムで御披露目をしたのですが、

取材の主旨は、この応援歌がCDになった感想とファンや選手たちの反応、
BayStars不振の打開策などなど、2時間に渡ってのインタビューでした。
詳しくは月刊BayStars7月号を読んで下さい。

でも、弱い時こそ応援するのが本当のファンというもの。
ベイファンの皆様、是非スタジアムに集合して、
「BayStarsを観にいこうよ」を大合唱しましょう!
ちなみに歌詞はこんな感じです。


『BayStarsを観にいこうよ』
作詩・作曲・歌/ダ・カーポ


BayStarsを観にいこうよ 家族で出かけよう
仕事も 勉強も 早めに切りあげて
ラララ・・・ ラララ・・・

BayStarsを観にいこうよ 雨も上がったし
イヤなことあったって いい日にしてくれるよ

ラララ・・・ ラララ・・・

BayStarsを観にいこうよ あの娘をさそって
スタジアムデイトだよ まるで満塁ホームラン
ラララ・・・ ラララ・・・

みんなのBayStars 素敵なBayStars
勝っても負けても 我らのBayStars
投げれば三振 打てばホームラン
走ればすべり込みセーフさ

Yah! Yah! Yah!

BayStarsを観にいこうよ 友達みんなで
こんな熱い すごいチーム 他に見たことあるかい
ラララ・・・ ラララ・・・

BayStarsを観にいこうよ あなたも私も
野球など知らなくても 今日からみんなBayStarsファンさ
ラララ・・・ ラララ・・・
ラララ・・・ ラララ・・・

ラララ・・・ ラララ・・・



まだ聞いていない人は、横浜スタジアムの売店などで売っていますので、
買って下さーい。

≪恐怖のエリスマン邸事件≫
さて、話は変わりますが、
先日、イラストレーターの柳原良平さんの個展に行って来ました。
柳原さんといえば、船とトリスウィスキーのおじさんの絵でお馴染みですが、

どの絵にもこのおじさんが描かれていて、嬉しくなってしまいました。
柳原さんの描く船は、まるで生きているように温かいと感じました。
僕たち世代だけではなく、若い女の子があの絵を見ても、
「見て見て、カワイイ〜!」と、声が鼻に抜けちゃうことでしょう。
生意気にも、僕も5月に横浜山手のエリスマン邸でスケッチ展を開きましたが、
その時も、お忙しい中、奥様と御来館いただき、恐縮の極みでありました。

そうそう、エリスマン邸といえば、スケッチ展開催中、1回だけのコンサートを
やることになっていたのですが、その当日、えらいことになってしまったのです。

嘘でしょ! なんてこったぁ! ア・ン・ビ・リィ・バ・ボゥ!
広子のあの美しい(ナンチャッテ)声が全く出なくなってしまったのです。
これはデビュー30年にして初めての大アクシデント!
風邪をひいていたのに、無理して歌い続けたのが祟ったのでした。
お医者様がおっしゃるには、
この声帯では歌はおろか喋ってもいけないということで会話は全て筆談。
でも、筆談って怖いですよー!
書くという行為は喋ることより手間も時間もかかるわけですから、
必然的に必要最小限のセンテンスになるわけです。

その必要最小限がだんだん紋切型になり、
いつしか命令口調になってるんですね。
「それダメ!」とか、「要、反省!」とか、「バッカミタイ!」というのもあったりして、
まるでイエローカードを出されているみたいなのでした。
結局、
ステージの方は、久しぶりに僕のsoloと、そして娘の麻理子のフルートでの
“家族愛出演”で、急場をしのいだのでした。
まさとしのsoloアルバム「心象風景」の中から
「横浜縁日一六地蔵」なんていうマニアックな歌まで歌ってしまって、

なかなか気持ちエガッタです。
麻理子も
「モーツァルト フルートコンチェルトG−dur2楽章」をsolo演奏しましたが、
かなり気合も入っていて、お客様を惹きつけていたと思いました。
皆さんには本当に申し訳なかったのですが、
広子のいないステージもたまにはいいんじゃない?と
密かに思ったのでありました。

それにしても広子の声については、皆さんに御心配をいただきました。

コロムビアのアニメ部の皆様、
特に種村のユキちゃんが、声帯専門のお医者を探してくれたり、
佐田玲子(さだまさし氏の妹御)ちゃんには、
粘膜にいいからと各種プロポリスをお送りいただいたり、
本当に広子は幸せ者です。
御心配をいただいた皆様方、本当にありがとうございました。
お陰様で、広子の声はやかましいほど完治いたしました。

≪ゆうゆうワイド作詩プロジェクト CD化決定!!≫

玲子ちゃんは今、
TBSラジオ「大澤悠里のゆうゆうワイド」で火曜日を担当されていますが、
ダ・カーポとは3ヶ月に一回ほど御一緒します。
というのも、リスナーから募集した詩にダ・カーポが曲をつけ、
歌うというコーナーをやらせていただいているからなのです。

さて、次回の詩のテーマは「友達」です。
幼友達から茶飲み友達、親友・悪友、ホスピタルフレンドまで、
いろいろありますが、あなたも是非、

詩のひとつでもひねって・・・じゃなくて、唸って・・・でもなくて、
綴ってみませんか?
御応募お待ちしてます。

さて、いよいよというか、
皆さんに嬉しくなるほど催促されていた
「ゆうゆうワイド」から生まれた歌のCD化が本決まりとなりました。
7月の下旬からレコーディングに入りまして、9月の中旬に発売予定です。
いまだ選曲に悩んでおりまして、喧々ごうごう真剣に口に泡を飛ばしています。

曲目は出てのお楽しみ!

今回は久しぶりなので、こんなに長くなってしまいました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2002年7月8日の巻2002

突然、広子の声が出なくなった。
朝、目覚めたら、全くの無声・・・一言も声が出ないのだ。
急ぎ耳鼻科へ駆けつけ、メモ用紙に
「先生、助けてください。私は歌手なんです。」と記して、
喉を診てもらったそうだ。
診断によると急性炎症性声帯浮腫、
要するに風邪気味のところ無理をして歌い過ぎたのだ。

(仕事の入れ過ぎ!事務所が悪い!!)
初夏の風邪は喉にくる。
そして歌手にとって、無情・悲惨・自己存在否定。
このまま一生、声なしなのか、不安に落し入れる。

今日は5月25日、山手エリスマン邸でサロンコンサートの日である。
まさとしの絵と、ダ・カーポの歌と、
ワインとチーズとお花とテーブルの飾り付けと、etc・・・。
色々、夢に描いて企画したスタッフの顔が浮ぶ、お客様の顔がチラつく。

私も焦ったのです。
4日後にNHKで生放送があるので大弱り。
取りあえず、どうにかしなくては・・・どうにか。
そこで窮余の一策、娘の麻理子(音大のフルート科)に賛助出演をお願いし、
まさとしの持ち歌を増やして・・・
高井さん、マツノさんにトークを長くしていただいて、
布川館長に優しく微笑んでもらう・・・と色々考えたのです。

ミニコンサート1ミニコンサート2

やがて本番を迎えたわけですが、娘が美人ということは良いことで、
お客様皆さんが優しい笑顔で拍手をしてくれ、
「まぁ、カワユイ」などと誉めてくれたりして、
初夏の山手エリスマン邸は暖かなふれあいコンサートになったのであります。
筆談で懸命に会話をした広子、久しぶりのソロで頑張ったまさとし、
親孝行をした麻理子。
私と松本君は皆様に感謝感謝の気持ちで一杯の一日でした。

ミニコンサート3ミニコンサート4


ところで、後日談です。
佐田玲子ちゃん(さだまさし君の妹)から、
喉に良いというプロポリスを沢山送っていただいた。
高価なものを、それも使用法を細々と書いてくださって・・・。
本当にありがとうございました。
また「ゆうゆうワイド」でガンバロウね。

2002年6月14日の巻2002

エリスマン邸遅くなりましたが、
前回からの続きです。

5月23日、
いよいよスケッチ展の始まりです。
初日ということで、
わたしは社長と一緒に朝イチで

エリスマン邸に向いました。
まだ観光客もまばらな山手界隈は
どこかのどかで、
仕事で来ている私たちまで
ノンビリした気分にさせてくれます。
エリスマン邸内も開場したばかりで
シンとしていましたが、
スタッフの方々の元気な声に迎えられました。
「いよいよ今日からですね、一週間よろしくお願いします。」

地下に降りて準備をしていると、次々に花が届き始めました。
こっちの角、あっちの角、ここにもあそこにも、受付にも・・・
と置いていきましたが、まだ届きます。
あとは一体、どこに置いたらいいんでしょう。
飾ってある絵の雰囲気を壊す所に置いてはいけないし、
折角、送っていただいた花たちだから、ちゃんと飾っておきたいし、
と悩みつつ、置いては場所を変えてを繰り返して、
どうにか全ての花を置くことが出来ました。
そうしているうちに、お客様が降りて来始めました。

エリスマン邸スタッフの方によると
「元町はほとんどのお店が11時に開店なので、
お昼を食べたりして、
午後から山手へ上がってくる人が多いのですよ。」
とのこと。
その言葉通り、
午前中はチラホラだったお客様が
午後から増えて来ました。

芳名録に記入していただいたり、
出品目録をお渡ししたり、
お客様とお話したりしているうちにアッという間に時間は過ぎて、
第一日目は終りました。

24日、ダ・カーポは日本橋三越本店で、30周年記念イベントの日です。
そちらには社長がダ・カーポと一緒に行くので、
わたしはまず事務所に出てから、エリスマン邸へ向かうことになっていました。
三越でのイベント・・・というと、

わたしは過去に大変な思いをしたことがあります。
(御存知ない方は2001年の5月25日の巻をご覧ください。)
朝からその事が気になっていたのですが、
でも昨年10月のイベントの時は大丈夫だったし、
まさかそんなことが続くはずもないし、
昨日のうちに必要なものは全て確認してあるから大丈夫!
と自分に言い聞かせ、思い切って事務所の扉を開けると、
まず目に飛び込んできたのは留守電の点滅でした。

イヤーな予感に限って当たってしまうのは何故でしょう?
社長から、
「今日配ろうと思って昨日持って帰ったファンクラブのチラシを
家に忘れたから三越まで持ってきて。」
「・・・・・・・。」
電話機に向って文句を言うわけにもいかないので、仕方なく、
まずはエリスマン邸に電話をして、
今日は行けなくなってしまった旨を伝えてから、事務所を飛び出しました。
と言っても、前回の時のようにギリギリではなくて、

時間の余裕はあったのですが、
こういう時って何故か落ち着かないものなのですよね。
20分も乗っている東海道線はやけに長く感じてしまうし、
乗換えの時は、周りの人に比べてわたしだけが妙に早足で歩いていたり。

そうしつつも到着した三越さんは、相変わらずの盛況でした。
平日の昼間だというのにすごい人込みなので、その間を縫って控え室に。
チラシを届けただけで帰るのも何だし、
かと言って既にダ・カーポは準備を終えて手伝うこともなかったので、

こうなったら折角持ってきたチラシを無駄にはしまいと、
ダ・カーポのイベントの会場になる『天女像』の前の広場へ行って、
チラシを配ることにしました。

ステージの脇では、コロムビアの宣伝の方々も駆けつけてくださっていて、
コロムビアさんでもCDのチラシを作ってきてくださったとのことなので、
協力してチラシを配り始めました。
ステージ前にはたくさんの椅子を用意してあったのですが、
その周りを取り囲むように座りきれないお客様が立ってイベントの開始を

待ってくださっていて、しかも、どんどん増えてくるのです。
1回目も2回目も30分程のステージだったのですが、
本当にたくさんの方々が集まってくださいました。
そして、CDも飛ぶように売れていきました。
ダ・カーポはサインをするのに大変そうでしたが、
自分たちの歌を聴いて喜んでくれる人たちがたくさんいるのを見て、
本当に嬉しそうでした。
わたしも、エリスマン邸のことが気になってはいましたが、
この日のイベントが穏やかに終ってくれて、本当に嬉しかったです。

それでは、次回はエリスマン邸でのトーク&ミニコンサートの模様を
お伝えします。

2002年5月31日の巻2002

いよいよワールドカップが開幕しましたね。
そして、
東奔西走の更新がなかなか出来ないまま1ヵ月半ほど経ってしまいましたが、
皆様お元気でお過ごしでしょうか?
ところで、去る5月23〜28日に、
横浜市山手町のエリスマン邸で『ダ・カーポとその仲間たち展』が開かれました。
連日、たくさんのお客様が訪れてくださいましたが、
御来場いただけなかった方々のために、
今回はそのスケッチ展のことをご報告させていただきたいと思います。

まずエリスマン邸のことを少し紹介しますと、
エリスマン邸は外国人墓地に隣接する元町公園内にあります。
木造2階建ての白い洋館には、サンルームや暖炉の煙突などもあって、
緑の雨戸がポイントになっています。
また、エリスマン邸が面している山手本通り沿いには、
他にもたくさんの洋館が建ち並び、少し歩けば港のみえる丘公園、
そして坂を下れば元町商店街に出られることもあって、
毎日、たくさんの人々が詰めかけています。
観光の方は勿論、キャンバスやスケッチブックを前に奮闘している人々の姿も、
あちらこちらで数多く見られます。

さて、ダ・カーポがスケッチ展を開いたのは、
このエリスマン邸内の少し急な階段を下りた地下にあるホールです。
地下とは言え高台の斜面にあるので、
大きな窓からは遠くまで見通せるのですが、
このエリスマン邸の下もずっと元町公園の敷地で、
森のようにたくさんの木々が茂っているので、
地下ホールは少しひんやりとした静かな空間になっています。

22日に、絵の搬入と飾り付けがおこなわれました。

今回、賛助出品してくださった横浜市立大学事務局長の高井祿郎さんと
クリエイティブ・ディレクターのイサオ・マツノさん、
そしてダ・カーポが10時30分に集合して作業は始まりました。
わたしなどは『5時間もあれば終るだろう・・・』と思っていましたが、
ことはそう簡単にはいきませんでした。
何しろダ・カーポもコンサートなら慣れていますが、
展覧会は初めての経験です。
一体、何から手をつけたらいいのか戸惑ってしまいます。

と、ここでテキパキと指示を出してくださったのがマツノさんです。
コンサートでは曲の構成が重要なように、展覧会では展示の仕方が大切です。
そこで、実はマツノさんには賛助出品だけではなくて、
展示の時にも教えていただけるようにお願いしてあったのです。
マツノさんは会場の造りと絵の雰囲気を頭に入れてから割り振りを考えて、
だいたいの割り振りが決まると細かく並べていきます。
「ポイントになる絵は、ここへ。」
「この絵がここにくると流れが止まるから、向うの絵と取り替えよう。」など、
絵の内容や色なども考え合わせて並べていくのですね。

左右とのバランスや高さなども細かく調整し、
最後にキャプション(作品のタイトル)を貼り付けて、完成です!

ここまで全ての作業が終了した時には、早くも18時を過ぎていましたが、
まさとしさんの作品22点プラススケッチブック1冊、広子さんの詩が5点、
高井さんの作品3点、そしてマツノさんの作品1点が無事に飾られました。
そうしてみると「これ以外の並べ方はない」と思えてくるから不思議です。
全体が妙にしっくり馴染んでいるような気がするのです。
絵のそれぞれの高さを変えて並べているのも、
真面目すぎなくて、柔らかくていい感じになりました。

「あとはたくさんのお客様が来てくれれば・・・。」と願いつつ、
初日を迎えるわけですが、少し長くなってしまいましたので、
次回に続きを書かせていただきます。

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ヘタの横好き2002/05/01

毎年5月に広子の故郷佐野で、

10年続けていこうというコンサートの2回目がいよいよなのです。
今年も去年と同じ5月11日(土)。
今回の目玉は何といっても、
地元田沼町出身の画家、安藤勇寿さんの絵とのジョイントでしょうね。
色エンピツで描かれた少年の日の原風景は、
僕たちの心を切なく懐かしくほぐしてくれるのです。
そして、もうひとつの目だまは!
これは内輪のことでもあるしヒ・ミ・ツ
(ファンクラブの会報ではもうばれているんですけどね)、

見てのお楽しみというところです。

さて今年からコンサートで必ずやってることがあります。
それは、最後のドンがおりる間際に記念写真を撮るということ。
それもステージから客席をパチリッとやるのです。
コンサートの前には影アナで、カメラ、ビデオ、テープレコーダーの御使用は
固くお断りいたしますというコメントが入るのですが、
それじゃあ皆さんに申し訳ないので、こちらから撮ってあげよう!
ということになったのです。

僕らは、ファンの皆さんに写真は撮られることはあっても、
撮ることはまぁ、ほとんどないわけですね。
単なる逆転の発想で始めたのですが、フィルムを現像してみると驚きました。
皆さん、いい顔してるんです。
人の顔ってすごいですね。
顔には時間や生き様が刻み込まれてますから、
なんか投げかけてくるんですね。
1枚の写真にうつる顔の数は、卒業式や結婚式の親族の集合写真なんかとは
比べものにならないくらい多いわけですから、

写真的にもパワーがあるものになるんですね。
それに何よりも、皆さん、楽しんでくれたんだなぁって、
こっちが嬉しくなってしまうんです。
本当にダ・カーポにとって、いい記念写真だと思っています。
いつか顔だらけの写真展やったら面白いかも! イヤ、怖いかもね。

そうです、写真展で思い出しました。
わたくしめの初めてのスケッチ展(横浜山手のエリスマン邸)も
ズリズリッと近づいてきてしまいました。

日程は5月23日(木)〜28日(火)までで、
中日の25日(土)には、トーク&ミニコンサートがあります。
何だかプレッシャーがかかってます。
土、日の山手界隈は全国から集まる観光客で賑うのですが、
そのほとんどの人達がエリスマン邸に立ち寄るということなのです。
外人墓地の隣ですからね。
立地条件がいいこともあるわけです。
出展する絵が全て横浜の街角のスケッチですので、タイトルは、
“歌とお話と絵で綴る私達のよこはま詩集”となっています。

今や、ダ・カーポの新しい代表曲となった「よこはま詩集」にちなんでの
タイトルなのですが、それにしても、
こんなにわたくしめの絵を大切に扱ってもらっちゃって、
嬉しいやら怖いやらという心境です。
何しろスケッチ展ですから、お気軽にお気軽にお越し下さいませ。

実は、僕にも絵を描くにあたっての初心があります。
それは、とにかく楽しく生き生きと描くこと。
絵の世界には、デフォルメとか感情色という言葉があって、

なにも実際の形や色じゃなくてもいいんだよ、
というのが僕の心をリラックスさせてくれるのです。
「ヘタの横好き」って岩波の国語辞典で引いてみましたら、
“上手でもないのに、むやみやたらに好きなこと”とありました。
僕の場合は“ヘタな絵を描く横浜好き”で、ヘタの横好き!

2002年4月9日の巻2002

11月末から続いてきたダ・カーポハートフルコンサートツアーが、
4月5日の大田区民プラザをもって、全て無事に終了しました。
最終日には私も会場へ行っていたのですが、
開演前にロビーで『歩けるって幸せ!』を販売していると、
続々と入場してくるお客様の中に
次々と見覚えのあるお顔を見つけることができました。
皆さん、「今日は最終日ですから・・・。」と言いながら、
駆けつけてくださったのです。

そして、このコンサート中、私は舞台の袖で聞いていましたが、
本当にいろいろなことが思い出されてきました。
ツアーが始まる前には、少しだけ不安に感じることもありました。
30年もコンサート活動を続けているダ・カーポとはいえ、
これだけまとまった本数のコンサートが目の前にあると、
チケットの売れ行きやコンサートの内容、
そしてダ・カーポの体力は大丈夫かな・・・など、
普段はそのくらいのことを当り前のようにこなしてきていながらも、

些細なことが気になってしまうのかもしれません。
しかし、実際にツアーがスタートしてしまうと、
そんな心配をしていたのが嘘のように、
全て順調に進んでいきました。

しかも、コンサートの1回1回が終るごとの反響がすごかったのです。
コンサートを観てくださった方々から、
毎日のように
何通もファンクラブのお申込みやコンサートの感想を書いたお手紙、

お電話、E−mail、FAXなどが届くのですから・・・。
感想の中で最も多かったのは、
「ダ・カーポさんのコンサートを見て、
改めて夫婦というものを考え直すことが出来ました。」
というものです。
ダ・カーポが特別仲の良い夫婦というわけではないのかもしれませんが
(と言いつつ、本当に自他共に認めるくらい仲が良いです)、
仕事の上でも無くてはならないパートナーであり、
相手に対する思いやりや助け合う気持ちを大切にしているのは

確かなことです。
ダ・カーポがそんな想いを込めた『歩けるって幸せ!』のコーナーや
コンサート全体を通して、
お客様にダ・カーポの想いがきちんと伝わっていると感じられるのは、
何よりも嬉しいことでした。

真っ暗な舞台の袖で、聞き慣れたダ・カーポのハーモニーを聞きながら、
そんなことを考えているうちに、最終日のこの日も無事に幕が下りて、
長いようで短かったツアーも全て終了しました。

最後に、
このハートフルコンサートツアーでお世話になったバンドとスタッフの皆さん、
ありがとうございました。
そして何よりも、
会場に足を運んでくださったたくさんのお客様も本当にありがとうございました。
とりあえずこのツアーは終了しますが、
ダ・カーポはもちろんこれからも全国各地でコンサートを開いていきますので、
またどこかの会場で皆様にお会い出来るのを楽しみにしています。

2002年3月25日の巻2002

3月21日(祝)。
今日は大阪厚生年金会館大ホールでのコンサートである。
7:03発の新幹線で一路、新大阪へと向う僕はグリーン車で落ち着かない。
情けないことにグリーン車は初めてなのである。

落ち着かない理由はもう一つあって、
「世界百名山」のスライドを僕が担当するので、
これが心配で、車中、何度も台本に目を通す。
ハートフルコンサート(3月15日)で既に経験済みであるが、
何しろ厚生年金会館はキャパが2000とのこと。
今までと規模が違う。
「あー、どうしよう」
大阪が近づくにつれ、心配が増してくる。
「この小心者め!!」などと自分を叱咤激励しているうちに、

新大阪に着いてしまったのであります。
例年に比べ、
ずいぶん早い桜の花が大阪でも、もう満開と言う感じで咲いている。
「造幣局の桜はまだだけど、咲いたら、そらぁキレイでっせ。」
とタクシーの運転手さんに言われた。
予想していた通り、厚生年金会館ホールは3階席もある巨大なものであった。

10:30 ダ・カーポと社長が楽屋入り、だんだん緊張感が増してくる。
前夜、まさとしさんは歯痛の為、救急歯科病院に行ったそうで、

幾らか元気がない・・・。
主催者の方から、「お弁当にしてください。リハーサルは12:00からです。」
お弁当が先なのです。
オベントウか・・・。
思えば入社してから、食事は楽屋弁当が主になってしまったような気がする。
数えてみると、2ヶ月の間に30回以上は食べている。
今日の弁当は"奏旬の膳"、縦25cm横40cmもあろうかという大物である。
大体、楽屋弁当には有無を言わせない存在感がある。
「これから本番だからな、ハラヘっていたら動けないからな、

詰め込んでおけよ。」的、無言の威圧感がある。
「ハイ、いただきます。」と蓋を開けると、
焼魚・カマボコ・卵焼き・煮豆・しいたけ・プチトマト・・・、
いつものやつと同じではないですか。
こうゆう時は牛丼に紅生姜をたっぷりのせて、煮詰まった味噌汁でいいから、
ハフハフざぶざぶ食いたい。
そういえば朝食はシウマイ弁当だったなぁと思いつつ、
しば漬けを噛みしめるのでありました。
ダ・カーポの二人は何万回、楽屋弁当を食べたことだろう。

黙って箸を取る姿を見ていると、尊敬の念が自然に湧き上がってくる。

本番は・・・。
ジャーン、やりました。
わたくしのスライドの腕は、もはや一流ですね。
ピントピッタシ、タイミングバッチシ、余韻を含んだその転換に
場内はシーンと聞き惚れ見惚れていたではありませんか。
あの白川義員先生のヒマラヤの山々が、
ダ・カーポの歌と映像で鮮明にお客様の心に染み込んだに違いありません。

「僕だって、やる時はやるんだからね。」・・・成功したのですヨ、大成功。
事務所の松本さんに報告しなければ・・・。

終ってしまえば、帰りの仕度。
タチツテトットッと帰りましょう。
どんなタレントでも終演後はまっしぐらに楽屋を飛び出すと言います。
緊張感から解放されたいのでしょうね。
ワカル・・・ワカル・・・!!
残った三つの弁当を小脇に抱え、

ギターとキャスター付きスーツケースをガラガラ言わせ、
移動する僕の姿はいっぱしのマネージャーに見えるかなァ。
幾らかの満足感を抱きながら、桜咲く大阪を後にしたのでした。

2002年3月13日の巻2002

大・大・大好評の『ダ・カーポ ハートフル コンサートツアー』でありますが、
いよいよ折り返し地点を過ぎ、佳境に差し掛かってまいりました。
本当に大勢の方々に会場まで足を運んでいただいて、
ダ・カーポはじめスタッフ一同、心より感謝しております。

ところで最近、まさとしさんがコンサートの最後に、「記念写真です。」
そう言いながらステージの上手、下手、中央で会場のお客様を
パシャパシャとカメラに収めているのを御存知の方も多いと思います。
一体、あの写真はどうしているんだろう?
ちゃんと写っているのだろうか?
などと不思議に思っている方も多いかもしれません。
実は先日、現像した写真を見せてもらいました。
まさとしさんが、
「みんな、イイ顔してるよね。
一人一人の表情がはっきり分かるほど鮮明に写ってるでしょ。」
そう言いながら、嬉しそうに見入っていました。
行く先々の土地で、お客様の表情や服装、年齢層など微妙に違うようで、
一枚の写真からその人達の生活背景まで伺い知ることが出来るようです。
ゆくゆくは会場ごとに整理して、
コンサートでの思い出をアルバムにしていきたいとのこと。
近日中に『東奔西走』でも、その写真の幾つかをご紹介したいと思います。

まだダ・カーポコンサートに来られていない方、
そしてコンサート会場でダ・カーポの写真に収まってみたい方など、
是非是非ご来場ください。心よりお待ちしています。

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2002年3月4日の巻2002

※しかも今回は特別にダ・カーポ本人が書いてくれました!!

ダ・カーポはただ今、ハートフルコンサートツアー中!
首都圏22ヶ所のうち、今現在折り返し地点を回ったところです。
このツアーの特徴は何と言っても、
こじんまりとしたホールのコンサートであること。
キャパシティ5〜600席のホールが中心。
中には1200席なんていう中の大クラスもありますが・・・。

いつもはPiano,Keyboard,Guitar,Bass,Drums
というメンバーでやっているのですが、今回は生Pianoと生Guitarだけ。
しかし、アコースティックなサウンドはやっぱりいいネ!
ダ・カーポにぴったりきます。
特に広子の声は、楽器がナチュラルであればあるほど引き立つようです。
このところファンの皆様から、詩をじっくり味わいたいとか、
歌声を楽しみたいという要望が実に多いのです。
音楽に癒しを求める人が驚くほど増えているこの時代に、
これは当然のことと言えるのかもしれません。

巨大なアリーナでのコンサートよりも、
考えてみれば、とても贅沢な、そして大人の鑑賞の仕方と言えると思います。
小ホールならではの空間は、ステージを客席を無理なくひとつにしてくれます。

先日、東京は江東区のカメリアプラザホールで、
客席の女性がいきなり手を上げて、
「歌手になろうとしたきっかけは何だったのですか?」という質問が!
しばらくは、この方との質疑応答に、和気あいあいとした和みの時間が、
ほのぼのと流れたのでした。

と、同義語を三連ちゃんで使ってしまうほど、いい雰囲気だったのですが、
これも小ホールならではの出来事と言っていいのでしょう。
皆さんの顔が間近に見え、咳払いや溜め息が聞こえ、
誰かが声を殺して泣いているのもわかってしまう。
すると、こちらの歌もそれに反応するのです。
キャッチボールのボールは、相手に投げるたびに、
相手から受け取るたびに膨らんでいって、会場いっぱいになってゆくのです。
このボールを"歌霊(うただま)"とでも呼ぶことにしましょうか。
言霊(ことだま)があるくらいですから、"歌霊"があってもいいはずですよね。

さて、ここで皆さんにお知らせがあります。
実は隠し玉と言いましょうか、
おまけ玉と言った方が適切な表現かもしれませんが、
このハートフルコンサートに近々、
娘の麻理子をデビューさせたいと思っています。
この4月に音大のフルート科の3年になる麻理子めではありますが、
親バカと知りつつも、なかなかいい音してるのです。
優しいふくよかな音してる。

でも、まだまだ未完の未完で、ポンカンぐらいかな?
早くレモンぐらいになって欲しいと思っています。
2月に、横浜は紅葉坂の県立音楽堂でガールスカウト神奈川支部主催の
チャリティコンサートがあったのですが、
その時の飛び入りの演奏が皆さんの好評を得たものですから、
つい"その気"になってしまったというわけです。
さて、さて、麻理子のハートフルコンサートデビューは、
静岡県の焼津(3月15日、焼津市文化センター)になりそうです。
その勢いにのって、埼玉県児玉郡(3月16日、ワープ上里)や

葛飾区かめありリリオホール(3月22日)でも飛び入り参加させたいと
思っています。
それでは、本人からの御挨拶です。

♪ 皆さん初めまして、榊原麻理子です。
  小学校4年からFluteを始めて10年が経ちました。
  トランペットやトロンボーンのように、
  音が飛び出してゆくラッパの部分がフルートにはありません。
  Fluteのその部分は筒型で、しかも横に向いています。

  管全体に響く音が、人に伝わってゆく構造なのです。
  他の管楽器に比べると控えめな楽器というわけで、
  私の性格にピッタリと言ったら○×・・・☆・・・△※・・・ですよね。
  両親から勧められて始めたFluteを一時期は嫌いになったことも
  ありましたが、今はこの楽器の持つ奥深い音に魅了されています。
  両親との3人のステージは緊張もあり、照れもありますが、
  家族でコンサートができる自分を幸せ者だと思っています。
  いつか自分のSolo演奏を皆様に聞いていただけるよう頑張りますので、
  よろしくお願い致します。

  皆様にお会いできる日を楽しみにしております。
                                 麻理子 ♪

というわけで、このハートフルコンサート、だいぶ平均年齢を下げて、
ますます元気です。
"あなたの街のコンサートホール"でお待ちしています。

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2002年3月1日の巻2002

ソルトレイクシティ冬季オリンピックが終った。
はっきり言って、日本勢は総崩れという感が否めない。
スピードスケートの清水選手のレースが行なわれたあたりまでは、
朝方までTVの前で頑張っていたけれど、それ以降はちゃんと寝た。
おかげで睡眠不足にならずに済んだ。
なんて、ダ・カーポらしくない皮肉ですよね。

それにしても、フィギュアの男女ペアの採点も、

ショートスケートの判定も納得のいかないものが多かった。
中でも、ショートトラックの寺尾選手や
間違いなく金メダルと思われた韓国の選手の失格は、
どう見てもフェアじゃない。
特にこの競技では、中国、韓国、日本の選手たちに
非常に厳しい判定になっていたと思いませんか?
人種差別主義者が審判をやっていたなんて思いたくないですよね。
オーストラリアの選手は前を行く選手の転倒と失格を想定して、
いつも後方にいる作戦をとった。

その思惑通り、決勝で金メダルを取ってしまった。
でも、そこまでして、金メダル取りたいの?って言いたくなりません?
きっと本人は立派な作戦勝ちだと主張するだろうけど、
やっぱり誉められる勝ち方じゃない。
ましてや、国が選手の記念切手まで発行するなんて、
日本人には考えられないことですよね。
何事も、やっぱりフェアじゃないとしらける。
寒々しい!
寒いのは冬季オリンピックだから仕方ないか。

なんて、今回は皮肉っぽいね。
同時多発テロの影響で、
大会全体がアメリカびいきになってしまったようだけど、どちらにしても、
強いアメリカを改めて見せつけられたようなオリンピックだった。

オリンピックという国際舞台がある度に日本の国ということを考える。
僕は戦争を知らない世代だけど、太平洋戦争に負けて、
どっとアメリカの精神文化に日本は呑み込まれていった。
音楽もしかり。

FENから流れてくるジャズやカントリーに、日本中が酔いしれた。
酔いしれて憧れたのはいいけど、ついでに日本の音楽をバカにし出しちゃった。
そして、日本の音楽シーンは、今や植民地化しちゃってる。
どうしても恥かしいのは、
若手のミュージシャンが総アメリカンジャパニーズになっちゃってること。
日本語英語ならぬ英語日本語で、なんで歌わなくちゃならないの?
「アイノモノグヮツァリィ」って、なんでみんながみんな歌ってるの?
ひとつの音符にひとつの言葉しかのらない日本語を英語っぽく歌うのは、
より洋楽に近い"ノリ"に近づくためだというのは知ってるけど、

それじゃ日本語の"のり"はどこいっちゃうんだろう。
いろいろあってもいいけど、みんながみんなというのが気味が悪くて恥かしい。
世界中のどこの国にも、こんな音楽シーンの国はないと思うんだけどナァ。

日本のヒップホップのミュージシャン全員と吉田兄弟が
ニューヨーク公演をやったら、認められるのはどっちか、もうわかるでしょう。
三味線ひいて胸張ってる吉田兄弟の横で、
本場で萎縮しちゃってるダブダブズボンの面々が見えるようだもの。
洋楽のことを本場の音楽とかモノホンって業界では言ってるけど、

それって最初から負けてません?
悲しいのは、物まねは本物を絶対越えられないってこと。
西洋に憧れるのは、もうそろそろおしまいにしたらどうだろう。
自分たちの美意識に誇りを持とう。
世界最古の小説(それも女性が書いた)を生んだ自分たちに
誇りを持ちたいものです。
営々と繋いできた歴史を過去のものと葬り去ろうというのは間違ってる。
アメリカが死ぬほど憧れている歴史や伝統に、
なぜ日本人は軽い価値しか感じないんだろう。

言うまでもなく、僕は日本人に生まれて良かったと思ってます。
この国を愛しているので、愛国心に溢れているのです。

オリンピックの閉会式を見てて、
キッスがベロベロしながら強烈な演奏してるのに、
日本選手団の座ってる一郭だけが
時が止まってるみたいに整然としていたのが、印象的だった。
西洋人の"のり"の前にのり後れちゃってるというか、
圧倒されちゃって固まっちゃってるんですね。

僕はそれで良かったと思った。
丸ごと日本人のDNAを映し出してた閉会式でした。

今回は、ちょっと過激で皮肉屋のイヤな奴になってしまいました。
次回は、爽やかに行こう!
その方が、やっぱり気分がいいです。

2002年2月25日の巻2002

はじめまして、
いつも『ダ・カーポ ただ今 東奔西走』を楽しみにして下さっている皆様、
新しくマネージャーとしてサカキ音楽事務所の一員となりました渡辺健一です。
どうぞよろしくお願い致します。
事務所に入って、早や一ヶ月になります。
これからダ・カーポの旅先での出来事やエピソード、
コンサートの裏話や私生活まで、
僕の見たり、聞いたことなど感想を交えながら書いていきたいと思います。
なかなか忙しくて、更新も遅れがちですが、
これからはマメに(社長から強く言われている)
書いていきますので御期待ください。

まずは、2月15日「かなざわフォークフェスティバル」でのお話から・・・。
金沢はもう何度も訪れているダ・カーポと違い、何もかもが新鮮に見える僕は、
ついつい観光気分に・・・。
しかし、今回は社長も一緒ということで、
キビシイ視線を感じつつも、外の景色に目を奪われるのでした。
会場に到着後、
ダ・カーポはリハーサルまでの時間、金沢の市街の散策へと出発。
社長と僕は、終演後のCD即売会の準備でバタバタ。
何せ、今日は共演者のビリー・バンバンさんや杉田二郎さんと
一緒に販売するとのこと。
ウ〜ム、負けられないぞ!

順調にリハーサルが進み、いよいよ開演。

会場は超満員のお客様でゴッタ返しています。
何やら、この後のイヤ〜な予感を残しつつ、
ダ・カーポのステージが始まりました。
コンサートの方は大盛況のまま無事に終わり、いよいよ販売開始です。
予感は的中!!
会場からはどっと人が押し寄せてきて、「イタタタ、イタタタ」
社長と僕は押されるテーブルを戻すのに精一杯。
しかし負けてられません。
お釣りが先か?CDが先か?

訳がわからなくなりつつも何とか売りさばき、気がつけば、ほぼ完売。
(一部、売り切れのアルバムも。)
「もっと持ってくれば良かったなぁ〜。」と社長。
確かに、ここだけの話、
出演者の中でダ・カーポの売上げが一番良かったのです。
めでたし、めでたし。
僕たちダ・カーポ一行は、
予想以上の成果に大満足しつつ会場を後にしたのでありました。

金沢の皆さん、本当にありがとうございました。
今度来る時は仕事抜き、物見遊山で訪れたいと心に誓った金沢でした。

2002年2月4日の巻2002

マネージャーの小松充君が昨年12月末までで退社したので、
新年から渡辺健一が入社した。
実を言うと、健一はボクの姉の息子である。
と言うことは、ボクとまさとしの甥になるわけで、
こんなに身内で固めてしまって良いのであろうか、
又、健一をヤクザ(?)な世界に引き入れて、
将来のことがいささか気になるところではあるが・・・、

まぁ、本人のやる気次第であるのだから・・・・、気楽に考えることにしよう・・・・・。
さて、彼を紹介するにあたり、
「健一、お前のことをハンサムと書くぞ。」と言ったところ、
「叔父さん、嘘はいけません。」と言われたので、本当のところを書きます。

   本名――――― 渡辺健一
   生年月日――― 昭和44年6月10日
   星座――――― ふたご座
   血液型―――― A型

   趣味――――― 釣り
   身長――――― 178cm
   体重――――― 82kg
   バスト――――― は、いいか。
   特技――――― 大型二種免許、ケーキを5個以上食べられること
   性格――――― 温厚で冷静

とまぁ、芸能界チックな紹介でありますが、
つぶらな瞳を持った可愛いヤツでありますヨ。

そうそう、アゴが長いのが榊原家の特徴で、彼の横顔を眺めつつ、
「ウーム、血は争えない。」と妙に納得したりしているところです。
当分、松本君が教育係として管理・監督を致しますので、
皆様どうぞよろしくお願い致します。

話は変りますが、今年のダ・カーポはハートフルコンサートはもちろん、
次々に大きな予定があり張り切っています。
まずは、昨年のカウントダウンで御披露したワールドカップに向けての
横浜市のキャンペーンソング『ようこそ・YOKOHAMA』が

市内各地で一斉に流れ出します。
又、4月2日のベイスターズの開幕戦では『君が代』、
『Baystarsを見に行こう!』をスタジアムで歌うことになりました。
松山千春さん、和田アキコさんに続き、今年はダ・カーポなのです。
ベイスターズファンであるまさとしは大喜び。
ベイファンの方は、是非、スタジアムへ駆けつけてください。
更に、4月に入ってから皆様にはご案内致しますが、
まさとしの水彩画の展覧会を山手のエリスマン邸で開きます。
港を中心に横浜の風景画展です(5月22〜27日まで)。

乞う御期待!!

色々有り過ぎる予定に忙殺されそうな年になりそうですが、まずは
新マネージャー渡辺健一の紹介と近々のイベントなどをお知らせしました。
最後に、
姉から「あの子は心優しい子だから壊さないでヨ。」と言われていますが、
ボクの方針としてビシビシ・ガンガン鍛えようと思っています。
皆様、ダ・カーポ同様どうぞよろしくお願いします。

2002年1月18日の巻2002

明けましておめでとうございます。
と言っても、1月も半ばを過ぎてしまいましたが・・・。
皆様には良い新年を迎えられたことと思います。
昨年はとにかく、多忙過ぎて何をしているのかわからない一年でありました。
『力』不足の事務所は皆様にお願いばかりして、
本当に色々助けていただき感謝しています。

ありがとうございました。

さて、ダ・カーポが新春を迎えた場所は、横浜臨港パーク。
一昨年同様、カウントダウン出演直後でしたヨ。
5、4、3、2、1、ドドドーンと花火が打ち上げられ、
停泊中の船から一斉に汽笛が響き渡り、
港の新春は厳か・華麗・人々の歓声で明けていったのです。
『おめでとうございます。本年もどうぞよろしく。』
少しかしこまって、私(社長)はご挨拶をした訳であります。

事務所に辿り着いたのが午前2:00。
コロムビアの人々と乾杯。
疲れも忘れ、ダ・カーポははしゃいでいましたね。
私も書き残りの年賀状のことなど気にしつつ、
妙に盛り上がったのでありました。

話は変りますが、元旦の日刊スポーツをお読みになりましたか・・・?
実は、カウントダウンの様子やダ・カーポの歌った
『ようこそ・YOKOHAMA』の事が記事になっていたんです。

ワールドカップを迎える横浜市のキャンペーンソングとして
注目されたのですネ。
新年から全く嬉しい記事であります。

新しいと言えば、事務所に新人スタッフ渡辺健一君が入社しました。
その代わり、12月いっぱいで、小松充君が一身上の都合で退社いたしました。
コマッチャン、お疲れさまでした。
新人渡辺君については次号で紹介いたしますので、よろしくお願いします。

今年はデビュー30周年を迎え、色々予定しています。

例えば、新しいラジオ番組のレギュラー出演の件、6月頃に新譜発売予定、
秋には海外ロケ、そして12月の恒例のコンサート、etc.
いやいや、春(5月22〜27日)には
横浜山手のエリスマン邸での高井&まさとし水彩画展、
5月11日の佐野市でのダ・カーポコンサート、今月のことを言えば
1月25日に市川市文化会館でのハートフルコンサートのこと、
更には2月23日の神奈川県立音楽堂でのガールスカウトコンサート・・・。
思えば明日からのスケジュールが一杯なのです。
そうそう、

ファンの皆様とお食事を楽しみながらのミニコンサートを考えています。
どうぞ、それも御期待ください!!

何はともあれ遅くなりましたが、新年のご挨拶を申し上げます。
本年もどうぞよろしく。
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