2005
ダ・カーポ ただ今、東奔西走

2004年12月22日の巻2004

師走も中旬を過ぎると慌ただしい。

あれもこれもやってしまわなければという心境になる。
スケジュールがメチャクチャに混んでいるわけではないが、
1年間の整理をしなければと妙に焦る。
日頃、整理整頓が下手なので尚更だ。
請求書とか領収書、交換した名刺、
もっと雑多なものを含めてボクなりの整理が必要になってくる。

名刺は人の名前が覚えられなくなって久しいので、いつ、どこで、何を話したか、
又はその人の特徴を書き込んである。

背高ヤセギス眉毛濃しとか、スイカを1個食べられる特技ありとか、
二度目の離婚を目前にして哀しい瞳でじっと見るとかである。
名刺に顔写真を印刷している人がいるが、
10年前より髪がふさふさになっているのは、どおゆう事だ?
いずれにしても、色々な人にお世話になった。

そうやって整理をしていると、
ついつい反省を含んだ今年の奮闘ぶりをスケジュール帳から探し出す。
フムフム、2月の厳寒の季節に札幌の雪のステージで歌わせた。

その後すぐに千葉・大阪でコンサートをして、取って返して函館で2日間。
無茶なスケジュールを切ったものだ。
ヤミクモな勢いとでも言おうか、芸能界にはノリ・勢いが大切なのだが・・・、
いかんせんボクもダ・カーポもそんなに若くない。
反省。
4月に浜名湖花博(その後、6月、8月、10月と続く)、
6月にはシングルCD「人生の贈り物」を発売。
暑い8月、台風が上陸したり、今年はどうも変だ。
キッパリとした夏に出会ったのは北海道深川市であった。

そして、
1000万本のコスモスの前で歌ったのは9月、やはり北海道の遠軽だった。
こうして書き出すときりがない。
大半は反省になってしまう。

それにしてもダ・カーポは良く歌った。
どんなステージでも、健気・懸命・直線であった。
ボクはマネージャーとしてこれでいいのだろうか・・・と、ふと思う。
あの時「あぁすればよかった」とか、

あの時は「オレが悪かった」とか悔いが残っていたりする。
月冴ゆる夜空見上げて、“思い出は美しい”などと言ってみたい。
ボクにだって愛と苦悩の美しくも悲しい物語があったんだ、
遠い青春の日にまでさかのぼり、追憶の甘い海に溺れたい。
でもやはり、本当のところは、ずーっと恥多き人生を歩んで来た。
ずーっとさかのぼらなくても、今年1年間だけでも随分、
恥をかいてきたなぁ・・・と、やはり反省などしちゃうのである。

恒例のダ・カーポ横浜コンサートでは大変お世話になり、

ありがとうございました。
又、皆様からの中越震災募金(191,423円)、暖かな心を早速、
NHKを通じて被災者の皆様に送らせてもらいました。
どうぞ輝かしい新年をお迎えくださるようお祈り致します。
来年もダ・カーポをどうぞよろしく。

2004年12月7日の巻2004

前回は壱岐でのコンサートの前半を書いた。
後半を書かねばと思いつつスペースの都合(?)で途中で終った。
今日は秋田県横手市へ向かう新幹線こまちの中で書いている。
南から北へ、この後、北海道(12月12日たかすメロディホール)、
そして新潟(12月15〜17日)と続く。
それを思うと、東奔西走ではなく南奔北走なのである。
新幹線が出発すると同時に、
ガサガサ、プシュプシュー、周り中が弁当を開け、缶ビールを飲み始める。

新幹線と弁当・ビールは一心同体だ。
ある種の解放感が食い気と飲み気を誘うのネ。
透明大ぶりプラスティックグラスを持参のおとうさん二人組は、
缶からグラスへビールを移しかえて、
「ウグウグ、プファ、結構ですなァ」顔を見合わせ、誠に幸せそうだ。
ビール好きに、車内ビールはたまらないのだろう。
ウーム、ワカル、我が事務所にもビール好きがいる。
デスクの松本君だ。
このところ事務所は超多忙で、少々の熱があっても咳が出ようが、

仕事を休めないでいる。
その彼女が先日、帰りがけに、「ビールでも飲まなくちゃ・・・」と言った。
「やってられないッ」を飲み込んで帰って言ったのだ。
ウム、ウム、ワカル。
ここでお願い・・・、机の引き出しに仕舞って忘れているビール券、
寒くなってビールなど飲めないと言う人は是非、我が事務所の松本君へ
プレゼントして欲しいのです。
彼女に倒れられたら事務所は終りなのです。
HELP MEなのでス。

ここで突然、壱岐へ戻る。
打上げはウニ丼のお店“すみよし”だった。
「また来ちゃいました。」
コンサートの興奮覚めやらぬダ・カーポはテンションが高い。
板さんはご主人だと思っていたら、奥さんだった。
「何にしましょうかネェ」
一同、「おまかせします!」
昼食とは違うオサシミがドーン、馬刺しがドーン、お寿司がドーン、

かぶと煮が超大皿でドドーン。
まいった、参りました。
広子が焼酎(その名も「壱岐」)をやりだした。
ピアノの勝又君はぐいぐいいってるのネ。
台湾帰りの宮下君(PA)は和食に飢えていて、食べること食べること!
モウ生まれそうとお腹を突き出し、中空を睨んでいる。
まさとしがトドメの中トロ握りを飲み込んで、「もう限界だ。」
一同、「ぐるじい〜」
鯨飲馬食、至福満腹、幸せはここに極まった。

心優しいご主人が、ホテルまで送ってくれた。
こんな島に何泊もしたら、社会復帰は無理だろうなぁと思った。
コンサートはどうなったかって・・・?
そりゃあモウ、平成16年度壱岐市優秀芸術招聘事業ですから、
折紙付のミュージシャン、ダ・カーポの澄んだ歌声は島中を魅了したのです。
それにしても、主催の橋本さん始め、島の皆さんの心温まるおもてなし、
心から感謝申し上げます。

横浜関内ホールコンサートが数日に迫った。

もう一度ご案内致しますと、12月10日18:30が開演。
リハーサルを繰り返し、コンディションは万全、
今回のコンサートはスバラシイデスよ。
是非ご来場をお願い致します。

2004年12月3日の巻2004

ボクは島が好きだ。

離島と聞いただけでワクワクする。
昨年は石垣島と種子島へ行った。
石垣島行きは(もちろん仕事)、広子の誕生日でもあって12月だと言うのに、
トロピカルなクリスマスを過した。

今回は壱岐。
元寇の戦では、蒙古の大軍を前に島の武人達は勇猛果敢に戦ったが、
四万の大軍に島民は皆殺しにされたという。
その無念が神風を呼んだのだ。

日本国最大の困難であっただろう。
“吹けよ神風”日本国をお守りください。
ボクは、鎌倉時代の武将の心中に思いをはせた。

玄海灘の荒波はるか壱岐の島と思っていたところ、
博多港からジェットホイルで1時間5分(時速43ノット80km)、
アララという間に芦辺港に着いた。
港には、
「ようこそダ・カーポ」の横断幕を持った主催者の皆さんが出迎えてくれていた。

「どうも、どうも、どーも」
気恥ずかしげに挨拶をして、早速、記念撮影。
平成16年度壱岐市優秀芸術招聘事業として、
「ダ・カーポふれあいコンサート」なのだ。
天気は小春日和のポッカポカ。
乗船券売場の脇で猫があくびをしている、のどかな島だ。
まずは昼食。
名物ウニ丼を食べる。
おさしみもついとるけんネ。

米がウマイ、ウニがウマイ、サシミがうまかー、ビールは後ほどネ。
まさとしは早くも打上げはこの店でと決めたようだ。
本番は18:30、まだまだ時間はたっぷりある。
明日は島めぐりなどしちゃうんだからネ・・・、
島独特のゆったりした時の流れがボク達を包んだ。

横浜関内ホールコンサート(12月10日(金)18:30〜)が、
あと1週間に迫った。
ダ・カーポが内緒にしていた曲目がやっと出た。

デュオ解散、離婚危機などと心配したが、各々がソロで歌うことになった。
広子は『Amazing Grace』、
まさとしはなんと『冬ソナ』などをたっぷりと歌う。
ソロもスバラシイのです。
この機会をお見逃しなく、ご来場をお待ちしています。

2004年11月30日の巻2004

季節はあっという間に移り変わる。
夏から秋へ、今は初冬になってしまった。
今年は台風に続き、中越地震。
被災されて皆様には心からお見舞い申し上げます。

多忙を理由に東奔西走記をお休みしてしまい、イヤイヤなんとも・・・。
言い訳はよそう・・・東奔西走記など誰も読んでいないと思い、
怠けていたところ、読んでくださっていた方から、
「書くなら書け、止めるなら止めろ!!

 怠け者のマネージャーではダ・カーポがかわいそうだ!!」
とお叱りを受けた。
ダ・カーポがかわいそうだと思われてはかわいそうなので、とにかく書きます。

私たちの東奔西走は相変わらず過激に続いておりますヨ。
私と違いダ・カーポは義をもって、乞われて背中を見せたことはない。
東に身障者支援チャリティーコンサートがあれば、心温かく歌い、
西に老婦人の慰会があると聞けば満面笑みをたたえ、楽しんでいただく。
奉仕と博愛の精神に溢れていて、私はこんな二人を誇りに思うのですネ。

一方、風俗関係のキレイなお姉様の団体からは乞われたことはなく、
一度でいいから乞われたいと私は常々神様にお願いをしているのですヨ、ハイ。
(近頃、御無沙汰している女子大などもいいなぁ)
とまぁ、そうゆう訳で、
極めて清潔、極めて目的本意(歌うこと)の旅が続いています。

さて、前置きばかり長くなってしまいましたが、12月10日、
恒例の横浜・関内ホールでのコンサートが近づいてきました。
今年は“ありがとうからの出発”。

31年目からの歩みの出発点は
皆様への“ありがとう”感謝からのスタートなのです。
内容は私にも知らせてくれないほど重大な決意のもと、スベテ極秘・・・、
もしかしたらデュオ解散、これからはソロ活動に・・・、
イヤイヤ離婚も懸念される局面になるほどのショッキングなステージを
考えてる様子なのだ。
ウーム、なにはともあれ12月10日、ヨコハマ関内ホールの
ダ・カーポコンサート、18:30開演ですヨ。
是非、ご来場ください!!!!!

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2004年11月11日の巻2004

<中越地震被災者の皆さんへ>
今回の地震で被害を受けられた皆様に心から御見舞い申し上げます。
冷たい雨が雪に変わらないうちに、
全面的な避難解除がでることを願っております。

当日は広子の実家がある栃木県の佐野にいたのですが、
立っていられるのがやっとだったという大きな揺れを、
生まれて初めて体験しました。
震度5弱ということでした。
次々にテレビに映し出される新潟各地の被害は想像以上のもので、
今現在でもなお、新しい被害が続出しているのを見るにつけ、
被災者の皆さんの恐怖と御苦労をお察しする次第です。

実はダ・カーポは、12月15,16,17日と3日間に渡り、

新潟市内(県民会館)でコンサートを行ないますが、
これは1年ほど前から決定していたコンサートでした。
状況を考えて、中止の提案を主催者にさせていただきましたが、
この答えは「何とかガンバリたい!」というものでした。
そんな静かで強い熱意によって、
予定通り行なわれることを本当に嬉しく思うのです。
主催のにいがた音楽鑑賞会はじめ、コンサートに関わっている皆さんには、
感謝の気持ちでいっぱいです。
こんな時だからこそ、歌うことの意義を強く感じていますが、

被災者の皆さんに届くような歌を精一杯、心を込めて歌いたいと思います。

人間は一日一日を、この世の“善きもの”から、
小さな元気と勇気をもらいながら生きているといいます。
大きな幸せというものよりも、一日にひとつ、小さな幸せが見つかれば、
明日への希望につながるということでしょうか。
改めて被災者の皆さんには、一日も早く安全で、
心の平安が保たれる日が来ることを、心から祈っております。
ダ・カーポ 榊原政敏広子

2004年9月3日の巻2004

東京があの40度近い酷暑に見舞われた“あの日”、
コロムビアとTBSとエーット新宿のイベンターさんとの打合せ日であった。
我がボロ事務所のクーラーはガタガタと音だけ大きく、全く効かない。
「あー、何でこんな日に約束なんかしちまったのだろう。」
ボヤきながら窓の外を眺めると、ハトが大儀そうに飛んでいた
(ありゃあ間もなく焼鳥だネ)。

クーラー嫌いの松本君は平然と仕事をしている。
彼女から、「暑いとか寒いとか、美味だとかまずいとか」聞いたことはない。
聞けば多分、「暑いと言ったって、何にも変わりませんから・・・。」
と言うに違いない。
いつも冷静で立派なのだ!!
そうなるとボクはヤケクソの心境で、
「エーイ、いっそのこと焼け死んでやる!!」と
日盛りの中を出掛けたのであります。
そう・・・この暑さは神様が与えたボクへの試練。

いわば“人生の試練”、いや“人生の贈り物”なのだ。
(無理にこじつけるでしょ)
・・・で・・・コロムビアでもTBSでも、
「榊原さん、暑いから仕事の話はやめましょうヨ」と、
アイスコーヒーをガブガブ飲んで終り。
何をしに行ったんだかわからない1日でしたヨ。

さて、今日(8月22日)は北海道深川市で全道童謡を歌うコンサートの
ゲスト出演のため、朝4時半に起きて、出掛けました。

オリンピックボケ、暑さボケで半分居眠り状態で会館みらいに到着。
オー、さすが北海道、爽やかではないか、美しいではないか、
デッカイ青空が広がっている。
思わず立ち止まり、空を見上げていたら、ヨロケてしまった。
(そういえば、いつも前かがみで歩いているもんなァ)
ダ・カーポの本番直前に会場がどっとどよめいた。
そう、夏の甲子園で駒大苫小牧の優勝をカゲアナが伝えたからだ。
道民にとって、
オリンピックより地元球児の活躍の方がはるかに身近に感じることだろう。

そうだよネ、86年間で初優勝だもんネ。
実に熱戦、イイ試合だった、おめでとう。

明日(8月23日)は、札幌で「人生の贈り物」のキャンペーンがある。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、目一杯のスケジュールだ。
オリンピックでも多数の選手が感動を与えてくれている。
この北海道でも、道民一同の感動がダ・カーポにも伝わったのか、元気なのだ。
札幌に戻る電車の中で、まるで新人歌手のようにあれこれ打合せをした。
まずは「人生の贈り物」を皆さんに聴いてもらうこと。

そして、ダ・カーポの使命は皆さんに感動をしてもらうことにある、
などと超まじめに語り合ったのであります。
「人生の贈り物」をどうぞよろしく。

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穏やかなる闘志2004/09/03

この夏はホントに体調がいまひとつでしたね。
なぜかって、この夏の記録的な猛暑とオリンピックのTV中継のお陰で、
毎日、寝不足だったというわけです。
それにしても、今回のオリンピック、
連日の日本のメダルラッシュはすごかったですね。
特に柔道には興奮しました。
とにかく日本人選手の勝ちっぷりの見事さ、鮮やかさには、

「超キモチイイー!」ものがありました。
なんといったって、“一本”を取りにいってこそ柔道ですよね。
外国人同士の試合など見てますと、
「それは柔道じゃないだろ!?」と真夜中であることも忘れて、
TVに向かって叫んじゃったりしていました。
それにしても、金メダルを取ったどの選手にも共通していたのは、
過去の敗北から、あるいは挫折から立ち上がり、
それを乗り越えてきたということだったと思います。
皆さん、私たちも涙をバネにしましょう! 挫折をエネルギーに変えましょう!

挫折も、それを乗り越えての成功も、
それこそ「人生の贈り物」ではないでしょうか。
(さり気なく新曲のPRしちゃいました。
各地でこの歌を歌うたびに、確かな手応えを感じています。
時間はかかるかもしれませんが、皆さん、この歌をヒットさせましょう!)

ところで、
あなたは今回のオリンピックの中で一番印象に残った選手というと誰ですか?
僕は何といってもアーチェリーの銀メダリスト、41歳の山本選手ですね。

なぜって、それはやっぱりオジさんが頑張ったから。
「日本で働いている中年たちが僕のメダルでもっと元気になってくれれば!」
というコメントには僕も広子も泣きました。
今まで、オジさんやオバさんにメッセージをくれたありがたいオリンピック選手が
いたでしょうか。
そして何より、彼に共感するところの大なのは、その“穏やかなる闘志”です。
おじさんだって、胸の中は結構激しいもの、弱いものがいつも交錯していて、
実は惑いっぱなしだったりするのです。
それに、本当は激しく闘志を燃やしたくてもできないだけなんですね。

だって体力がついていかないから。
だけど、若い人より豊富な経験や知恵によって的をはずさず、
“一本”を取りにゆくわけですが、
そのためには心をニュートラルにしておくこと、
穏やかでいることが“技あり”なのでしょう。
山本選手は20年前、ロス五輪で銅メダルを取っているのですが、
「銅から銀になるまで20年かかったので、
また20年かけて金を取りにゆきます」と満面の笑みでコメントをしていました。
その笑顔がアテネの青空に眩しかったナァ。

“穏やかなる闘志”、
それこそが、長く続けてゆくための力学であり、方法なのかもしれません。

ダ・カーポが金メダルを取るのはいつぞや!
金色の誉れが胸に輝くその日まで、まだまだますますガンバルぞ!

2004年7月21日の巻2004

御無沙汰をしています。
こう暑いと東奔西走も命がけでありますヨ。

何しろダ・カーポの旅は夏は暑い所、冬は寒い場所へ、
実に正直な季節密着型の旅が多いので、私はいささか参っているのです。

先日(7月18日)も、四国の松山から3時間30分の場所、
一本松町でのコンサートでしたね。
会場が体育館と聞いて、
“冷房なし灼熱地獄”を想像して、そのオソロシさに震え上がっていたところ、
あにはからんや小高い場所に白亜の体育館、モチロン冷房完備、清潔無比、
何しろお客様は裸足で出入りしているのだもン・・・。

一本松町は、3町1村を合併して愛南町に変わる。
これがラストコンサートになるので、ダ・カーポは心を込めて歌いましたネ。
町民の皆さんに思い出を1つ残せたのではないでしょうか・・・。

暑いはずの四国の旅は主催の方々が気を遣ってくれて、ドアツードアで、
送迎バスなど大型で冷房ギンギン、そしてホテルの部屋も冷房のおもてなし。
我々一行は寒さに震え上がったのであります。

さて、ここからが本題。
来る8月9日(月)東京プリンスホテルでサマーブッフェショーを開く。

和食・洋食・中華(前回もオイシイオイシイと大好評でした)、
ドリンク飲み放題と豪華。
ダ・カーポのステージも、
ホールコンサートとは一味違うおしゃれで楽しいプログラムを用意しています。
料金は10,000円。
“8月9日は
東京プリンスホテル(港区芝公園)に18:30に集合しましょう!!”
お友達・ご家族お誘い合せの上、どうぞご来場くださいませ。
お待ちしています。

お問合せは、サカキ音楽事務所 tel/045−662−2223
又は、東京プリンスホテル tel/03−3435−8686 まで。

お知らせついでに、新曲『人生の贈り物』は大好評でCDも売れています。
どうぞお近くのCDショップへ。
また8月7日、
NHK総合「第36回 思い出のメロディー」にダ・カーポが出演します。
夏の紅白と言われるほどの人気番組で、19:30〜23:00の生放送です。
それから、日テレ系「遠くへ行きたい」は

8月8日(日)7:30〜8:00の放送で、爽やかな諏訪を二人が旅します。
どうぞご覧ください。

2004年6月18日の巻2004

「居酒屋におけるあいまいな注文」
5月11、12日は、名古屋方面でのコンサートであった。
当然、わたくしは大いに奮闘をしたのでありますが、

何せ大所帯15名の移動・食事・泊りなどなどの面倒をみなければならず、
コンサートの中身そっちのけで、
飲食物、泊り関係に全力を傾けたのであります。
全員が“気持ち良く”をモットーにしているため、
特に打上げには気を遣ったのですネ。
手頃な予算、全員が旨いと言ってくれる店を探すのは、結構難しいのですヨ。
ホテルご推薦の名古屋らしい居酒屋“やまちゃん”に決めて、
ダ・カーポ御一行はドカドカと乗り込んだわけですね。

まず、「生中(生ビール中ジョッキ)15杯」とダ・カーポが叫ぶ。
当店お薦めのエビフリャーにモツ煮込み、それに手羽先、
ド・ドーンと持ってきて、このド・ドーンが大切なところで、
焼鳥一人2本割り当てだから、きっかり30本などとは言わない。
ド・ドーンには、スタッフに対する労いの心が入っているのだ。
寒々しい注文はキライなのネ。
しかし、注文を取るお姉さんを大いに困らせる。
人呼んで、ダ・カーポあいまいド・ドーンと注文という。
この日も、

「どえりあゃうまさだわー」とか「うまくてイカンワー」とか言いつつ、
ド・ドーンと盛り上がったのであります。

このようにして旅が続くのですが、最近、娘の麻理子の参加で、
まさとしは羽目をはずせなかったり、話題を選んだりして困っている。
父親の威厳を守るのは大変なのだ(オモシロイゾー)。

さて本題。
いよいよ6月23日に「人生の贈り物」が発売になる。
先に発売された“さだまさし”さんのモノトーンのキリリとしたジャケットと

一味違う。
こちらは四季の花々が描かれたカラフルなジャケットだ。
開くと、二人の一番なごやかな笑顔の立ち姿がある。
物(経済)から心へと言われて久しい。
言葉の上では“心”と言われ続けてきたが、
今やっと、その時代が来つつあるように思える。
しみじみと、ゆっくり、ゆるんで夕陽を眺めていたい。
言葉がなくても分かり合えることのありがたさを噛みしめたい。
誰もが望んでいることだと思うが・・・・・。

まずは、ダ・カーポの「人生の贈り物」を聴いていただきたいと思います。

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人生の贈り物2004/06/18

Tribute(トリビュート):感謝(賞賛、尊敬)のしるしと辞書にありました。
まさに、今度のダ・カーポの新曲はこれなんです。
「人生の贈り物〜他に望むものはない〜」。
この歌は、韓国のフォークシンガーの楊姫銀(ヤン ヒウン)さんの詩を、
さだまさしさんが日本語詩にし、曲をつけたものです。
さだまさしさんといえば、
ダ・カーポにとってこの業界(芸能界?)での、いわば同級生。
その上、20年ほど前に僕がSolo活動をするにあたって、

「不良少女白書」という歌を
書き下ろしてくれたりもしたありがたい友人なのです。

  そして言葉もいらない友になってゆくのだろう
  迷った分だけ深く慈しみ
  並んで座って沈む夕陽をいっしょにながめてくれる
  友がいれば他に望むものはない
                   (「人生の贈り物」より)

同世代であり、この歌は夫婦で歌うことがベストということもあって、

さだ君から
「ダ・カーポもいっしょに歌っていかない?」との投げかけがあったのです。
彼が感動したのと同じように、
ダ・カーポも今だからこそ歌える歌に出会ったと思ったものでした。
この歌は、いわば二重のトリビュートの産物であるといえるのかもしれません。
コンサートでこの歌を歌うと、
僕らよりも年上の、人生の先輩達が涙し、そして熱い拍手をくれます。
今まで頑張ってきた人たち(あんまり頑張らなかった人も)が、
人生の終盤をどんな形で迎えてゆくのか、そのあり方を歌ったこの歌を

ダ・カーポも大切にしてゆきたいと思っているのです。
日本のポピュラー界には、
“音楽は若者のもの”あるいは“新しいものが良いもの”という傾向が
ずっと昔からありました。
レコード業界も、中高年は売り上げにつながらないとしてきましたが、
中高年も熱く感動するパワーがあることを、出来ればこの歌で
証明したいものです。
発売日は6月23日。

そして、カップリング曲の「largo(ラルゴ〜家路)」は、
ドヴォルザークの「新世界」に新しく詩をつけた楽曲です。
ふたつの共通のKey Wordは夕日、夕暮・・・・・。

  夕日は日の出よりも美しい
  夕日には喜びや悲しみがたくさんつまっている
  夕日には日の出より 実は熱いものがある
  夕日は明日を約束してくれる きっと
  夕日を見ていると語りかけたくなる

  夕日には ありがとうと言いたくなる

2004年5月19日の巻2004

4月23日、浜松の街は明るい陽光に満ちていた。
初夏を思わせる陽射しに「ハクション・・・」
広子には変なクセがあって、陽射しを浴びると、必ずクシャミが出る。
出迎えてくれたSBSの人と、まずはホテルで打合せ。
明日からのラジオ・テレビの段取りと、
大勢のディレクター氏との顔合わせをする。
今日は、この後、
SBSの重責を担うお三方と“うまいもの”を食べることになっている。

打合せ半ばでボクは最早、
『うなぎ、ビール、うなぎ、ビール、打合せはもういいずら・・・?』状態に
なっていた。
ダ・カーポは一所懸命にメモなどを取りつつ、質問などもしている。
フム、フム、花博期間中、静岡新聞・静岡放送グループは、
県民を中心に広く“花・緑・水”をテーマにした詩を募集する。
最優秀作品に、ダ・カーポが曲をつけ、10月8日に発表をする。
なんと最優秀作品に選ばれた人には、
オランダ・ベルギー花の旅(予定)のプレゼントがある。

締切りは7月31日(土)なので、皆様ふるってどうぞ・・・・・。
エバーグリーンソングを作り、末永く歌ってゆきたいのです、だそうだ。

16:30、会議が一段落しそうになったところでボクは立ち上がり、
唐突に、「それでは明日、よろしくお願いします。」と声を張り上げて
会議に決着をつけた。
ダ・カーポがしっかり聞いているので、これでいいのだ。

夕食は思っていた通り、うなぎであった。
「どーも、どーも、どーも」

座敷で待っていてくれた三氏は、挨拶抜きのニッコニコ顔で、
「さあさあビール」
「まずビール」
クーッ、プハァ、なのであります。
開け放った窓からは、そよ風に乗って蒲焼きの匂いがほんのりと入ってくる。
階下から、焼き上がったばかりの濃厚な匂いがドドーンと階段を登ってくる。
匂いの挟み撃ちだもの、タマラナイ!!
キュウリの香の物など、パリッなんて摘まんだところへ、
「オマットーサマー」

来たのですよ、肉厚、コンガリ、ふっくら、うなひつ(うな丼でなない)が。
まさとしは思わず、「待っていました、日本一」などと掛け声をかけてるの・・・。
半分はそのまま食って、後はうな茶にしたのだけれど・・・、
あのネ、うなぎ・新茶・ワサビ全部本物、静岡物、旨いのなんの。
おいしい、うめい、うみゃーの連呼、あゝ連呼でありましたネ。

唐突が好きなので、トウトツにお知らせです。
◎6月20日(日)千葉県・船橋市民文化ホール 14:00開演
  お問合先:船橋市民文化ホール tel/047−434−5555

◎6月25日(金)さいたま市民会館うらわ 18:30開演
  お問合先:さいたま市民会館うらわ tel/048−822−7101
(どちらも詳細は、お知らせのページをご覧ください。)
◎待望のシングル「人生の贈り物〜他に望むものはない〜」6月23日発売、
 いい歌です。
◎これまた待望のディナーショー 8月9日(月)東京プリンスホテルにて。
  お問合先:サカキ音楽事務所 tel/045−662−2223
  美味しいお料理とダ・カーポの歌でお楽しみください。

では次週は、本当に面白い面白いお話です。
お楽しみに・・・。

2004年5月7日の巻2004

3月から4月の中旬まで、家族全員が風邪をひいてゴホゴホやっていた。
病院へ行けばいいものを、強烈な症状が続かなかったので、
ついつい医者にかからず、ぼんやりうすら頭で事務所に出ていた。
ゲホゲホゲ・ゲ・ゲなどと咳き込んで、ろくに会話も出来ない時に、

せがれから電話があった。
彼は冷静な口調で、「その咳はいけませんネ」と他人事のように言った。

事務所を早退して、早寝をしていると、「どれ、お脈と血圧を測りましょう」
薄目を開けると、枕元にせがれが座っていた。
どこから引っ張り出したのか、学生時代に使っていた聴診器で呼吸音を聞き、
「大丈夫、大したことはない」
風邪を治す抗ウイルス薬はないので、
安静と保温に気をつければ治ると言って、何種類かの薬を取り出した。

ふっと気付いたように、「ダ・カーポは大丈夫?」
風邪をひいていたら診てゆくつもりだったのだろう。
「二人は元気だよ」と答えると、
「重症の患者を抱えているので、これから病院に戻ります。
それでは、お大事に」
すばやく来て、すばやく帰っていった。
今度来る時は
「バカに効く薬を持ってこい」と、つまらぬ冗談を言おうと思ったが、
あまりに真面目な顔をしていたので止めた。

時計を見ると、10時になるところであった。

この風邪をダ・カーポにうつさないように、随分気を使った。
接触を避け、用事はファックスと電話で済ませた。
事務所の松本君は、風邪にかかれば熱も咳も出ます、くしゃみも鼻水も、
グチだって出ちゃいます・・・と平然と仕事をしていた。
それにしても、随分長い風邪であった。
スマン、スマン、迷惑かけた。
健康管理、自己責任てヤツだな。

そんな訳で、花見もしなかった、仕事の現場にも行かれなかった。

4月23日、久しぶりの旅である。
ショルダーバッグを幼稚園がけにして、やつれた頬に高見盛のように
2・3発パンチを見舞い、
「おーし」気合いを入れて鏡を覗くと、目に力が戻ってきた。
浜松で三泊四日の仕事が待っている。
ダ・カーポと新横浜で待ち合わせをした。
ニコニコ顔の二人は、ウレシそうにしている。

ボクと一緒の旅がそんなに嬉しいのか。
オー、ヨシヨシ、向こうで美味なものを食おうではないか。
見慣れた新幹線からの景色が新鮮に見える。
木々も街並みも、キラキラ光っている。
いい天気だ・・・ムムム、全身金色の鯉のぼりを見つけたゾ!!
ピカキン鯉のぼりが流行し出したか?
1ヶ月半の間に世の中そんなに進んだか、
そうかそうかと感動をしたのであります。

かくして、また東奔西走が始まるのでありますよ。
今回は浜名湖花博会場から、
静岡放送のラジオ・テレビ・コンサート三泊四日で、
中間にOFFの日がある。
そして、飛んで高崎市音楽センター、
これはNHKテレビ歌謡チャリティーコンサート(5/4オンエア済)、
またまた浜松アクトシティで明大マンクラの諸君とのジョイントと激しく移動して、
その後は松本市へ・・・
仕事の鬼、旅師、さすらいのダ・カーポ一座になったのです。

次回は、仕事ばかりじゃございません。
浜松の夜、妖しくも油断ならないキケンゾーンの探険!!
なんて言ったって、夜のお友達うなぎパイの街なので、
次回、次々回とスリリング、いやいやお間抜けな話題をお送りしますので、
ぜひ読んでいただきたい。
何しろ久しぶりの旅が激しく続くので、面白いのなんの・・・・・。

2004年4月21日の巻2004

10数年、風邪をひかなかったボクがゲホゲホやっている。
東奔西走などしたくないので事務所でボーッとしていると、
スタジアムからベイスターズの応援歌がやたら元気良く流れてくる。
近くの中央通りの八重桜も満開だそうだ。
皆々元気そうでケッコーですネ。
フン。(ひがんでいる・・・・・。)

さて今回は、
日頃、事務所のデスクをしている松本君に東奔西走を書いてもらう。
なぜかと言うと、ボクのつたない文章はいつも松本君が誤字脱字、。など、
全てを直してパソコンに打ち込んでくれているのだ。
その上、ダ・カーポファンから一番の興味を持たれ、
事務所のアイドル・女神・頭脳と呼ばれ、大人気の美女なのだ。
では、松本亜津子を紹介します。



先日、昼食後にいつものように立ち寄った書店で
「湘南暮らし」という本を見つけました。
パラパラとめくってみると、見慣れた風景が写真になって納まっています。
「懐かしい・・・。」
実は、私は生まれてからずっと藤沢市に住んでいます。
藤沢といえば、江ノ島や片瀬海岸、鵠沼海岸もあり、
湘南の中心と言えるところです。
(実のところ、どこからどこまでが湘南なのか
決まった定義があるわけでもないらしく、

どこが湘南の中心なのか定かではありませんが、
藤沢こそ湘南の中心地だと信じている藤沢市民は、
私も含め、かなり多いと思います。)
子供の頃から夏休みのメインイベントといえば湘南海岸での海水浴
(何しろお金がかからない!)、
成長してからもサーフィンなどマリンスポーツには縁がなかったものの、
天気のよい休日には、よく自転車で海へ通ったものでした。
外で過ごすのが楽しみな季節になると、
海岸沿いに続いているサイクリングロードでさえ渋滞してしまうことには

閉口しましたが、他県ナンバーで渋滞している道路では、
車の行列を横目に自転車でスイスイ走り抜けていく、
それも地元の人間ならでは出来ることと湘南に住んでいることを
密かに自慢に思っていました。

近所の牧場ところが、ちょうど一年前に引っ越しを余儀なくされました。
今まで住んでいた所をとても気に入っていたので、出来ればなるべく近くで、
条件の合うところを・・・と探しいて、
少しずつ条件を譲歩していくうちに辿り着いたのが、
全く候補にも入っていなかった今のところだったのです。
そこは、今までに何度も急行列車に乗って通り過ぎたことのある
各駅停車しか停まらない駅で、
今までに一度もその駅で降りたことはないけれど、同じ藤沢市内ないのだし、
ほんの少し海が遠くなっただけで、
大した違いは無いだろうと簡単に考えていました。
それが実際に住んでみると、驚くことばかり!
街灯が少なくて夜道は暗いし、
駅から家に着くまでに信号機が1つもありません。

車も少ないけれど、歩いている人はもっと少ない。
あちこちにある畑では見たことのない野菜が育っていたりします。
都会の便利な生活にすっかり慣れてしまっていた私には違和感があり、
すんなりとここでの生活に馴染むことが
出来ませんでした。

ところが不思議なことに、ひと月、
ふた月・・・と経つうちに、
色々なものに目がいくようになりました。

親水公園夏にはカブト虫が飛んでくるし、
布団を干しておけばカマキリが
とまっていたりします。
(もちろん捕まえて、
しばらく家で飼ってました。)
夜になると、
近所の牧場からほのかな香りが・・・。
本当はほのかではなくて、なかなか強烈ではあるのですが、
別に洋服や髪に匂いが染み込んで困るわけでもないので、
あえて気にしないことにしました。
近くの畑では、一年を通じて色々な野菜が育てられています。
キャベツ、白菜、葱、大根・・・などには別に驚きませんでしたけれど、
アスパラが植えられているのを見つけた時には、ちょっと笑えました。
特に今の季節の最大の楽しみは、
なんといっても散歩です。
休日になるといそいそとお弁当と、
ビールの入ったクーラーバッグを手に、
竹林や昔ながらの風景が残った
細い道をてくてく歩けば、
30分足らずで公園に出ます。
公園といっても遊具があるわけでもなく、
小高い丘や畑に囲まれた川沿いに
遊歩道がずっと続いているだけ。
なんとものんびりした雰囲気なので、
こちらでは昼寝中のおじさん、
あちらでは犬と走り回っている子供、
お弁当を食べている家族連れも・・・。

道祖神そして、畑や田んぼでは、草摘みしている人をたくさん見かけます。
かくいう私も、散歩の帰りにはセリ摘みに精を出しています。
そこが誰の土地なのかは知りませんが、
畑などを荒らさないように
気をつけていれば
特に怒られる心配もありません。
近所に住んでいるだろうおじさん、
おばさんに混じって、せっせと摘めば、

10分ほどで
夕食の1品に十分な量になります。

畑道街灯が少なくて夜道が暗いと
星がたくさん見えますし、
信号機が無いから、
信号が変わるのを待ちながら電車に間に合わないと
イライラすることもなくなりました。
歩いている人が少ないから、鼻歌を歌いながら歩いていても
恥ずかしくないし、
近所の人たちから取り立ての野菜を
分けていただくこともしばしば・・・。
もちろん何を楽しみとするかは
人それぞれ違いますが、
私はここで、これからも楽しいことに
出会いそうな気がしています。


2004年4月5日の巻2004

東奔西走と言うと、
歯を食いしばり眉吊り上げてガンバッテいるように思えるらしく、
「マネージャーさんも大変よネェ、本当に・・・。」
などと同情的に言ってくださる方がいて、その度にボクは、
「エエ、本当に大変なんです。」と、幾らか悲壮感を漂わせ、
時には目をシバシバとまばたきなどして答えるようにしている。

すると相手は深く頷き、
「そうでしょうとも、私、芸能界のことなら何でも知っているのヨ」的に、
大概は満足気にガンバッテくださいと言い残し、去って行く。

ところが、最近は様子が変わってきた。
「エエ、本当に大変なんです。」と答えると、
「そうでしょう、マネージャーさんもお年だから」と言う。
つい最近も新幹線の中で、
「マネージャーさんも大変ネ。」ときたので、

「エエ、大変なんです。」と答えたら、
「ダ・カーポさんはもっと大変ねェ、あんなに荷物を持って、おかわいそう。」
「ウー、ウーッ」であった。

歌手一行は、世間から「おかわいそう」に思われているのか?
これからは堂々と胸を張り、ニコヤカに行動しよう・・・・・
と思っている矢先に風邪をひいた。
熱・セキ・メマイ、ウーッ、
本当にボクが「おかわいそう」になってしまったのである。

ここ10年、風邪らしきものをひかず、
「バカはやっぱりカゼには強い」などと自慢していたのがどうだ、情けない。
昔はこんなではなかったとグチリつつ、
当時の放送局への売り込み風景など思い出したりした。
“イヨーッ、お久しぶり、○○ディレクター、こちらにいらした。
 エーッ、ズイブンお探ししましたョ。見つけたからにはもう離しませんよ。
 エエ、お仕事チョウダイ。”
ただの気合と元気だけでやっていけた。
だいたい昔のテレビ局は誰でも入れた。

今のように受付で、
住所・氏名・年齢・職業・血液型(はないか・・・)など書かずに、
どこへでも行けたのだ。
マネージャーは、頭を使う必要がなかった。
ありがたい時代であった。
風邪のせいか、昔はエカッタ的になって来た、これはイケン。

で、今、ダ・カーポは浜松へ行っている。
静岡放送の「そこが知りたい!」のロケーションだ。

花博の会場をリポートし、
4月22日(木)18:55〜19:53にテレビで放送予定だ。
静岡方面の方、是非見てください。

ボクはイヤイヤ事務所に来ている。
スッキリ風邪におさらばしたいのだ。
松本君、なんとかしてッ!!

インデックスまさとし編へ

ネパールへの旅2004/03/18

王宮前のふたり御無沙汰しておりました。
早いもので、もう桜の季節ですね。

さて、ダ・カーポは1月の末にネパールに10日間ほど行ってきました。
今回は全くのプライベートで、夫婦ふたりだけの初めての海外旅行でした。
夫婦ふたりの海外旅行では、必ず1度は
大ゲンカをするもんだそうで
(そういえば、中国にコンサートで
行った時もやってしまったっけ・・・)、
成田離婚もあり得る!・・・・・
かもしれないと旅の行く末を案じながらの

妙に緊張感のある10日間でありました。


ドゥルーパさんとビノー先生と、病院内にて「バクタプール旧王宮前のふたり」

さて、今回の旅は、日本人医師たちが主力になって作った
ブトワルにあるネパール子供病院を訪ねるのが主な目的。
おととし、NHK-BSスペシャル「ヒマラヤの詩 ダ・カーポ金色の光を求めて」の
ロケで3週間ほどネパールを旅したのがきっかけで、この病院への
募金活動を始めたのですが、この活動ももう1年をとうに過ぎました。
これまで募金に協力してくださった多くの方々に、

この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。
今回は、
ご協力くださった皆様に病院の現状を御報告するための旅でもあったのです。
子供病院は、日本の市立病院を少しこじんまりとさせたほどの大きさで、
静かな林の中にありました。
事務長のドゥルーパさんと、
日本に留学したことのあるビノー先生、
そしてAMDA(アジア医師連絡協議会)の

現地職員の藤野さんと川崎さんたちに
出迎えていただき、
首にマリーゴールドのレイまで
かけてもらっちゃいました。
ハワイのようにキスはなかったものの、
大いに照れたふたりでありました。


小児病棟にて「ドゥルーパ事務長さんとビノー先生と、病院内にて」

早速、小児科と産婦人科の診察室、そしてそれぞれの病棟、
集中治療室と2日間に渡って、見学させていただきました。
スタッフはAMDAの日本人職員を除いては全てネパール人で、
先生も看護士さんも忙しく立ち働き、
とてもしっかりとした運営をしているという印象を受けました。

今の季節の一番多い病気は“冬の下痢”と
呼ばれているもので、やはり水を始め、
低い衛生観念が抜本的な問題になっているようです。
一般的にネパールでは、
下痢をすると水分を一切与えない習慣があるそうで、
そのために脱水症状を起こしている子供達が多く、
ある男の子は、痩せたそのお腹の皮を摘まむと
元の状態に戻らないほどで、
皮膚から水分が失われているのが分かるのでした。
点滴を受けながら苦しそうな息をしているその子は
“深刻な状態”にあるそうで、
僕達もまともに見てはいられないほどでした。

小児病棟にて近くに医療施設がないために、この病院へは遠い村から3日もかけて
子供を背負って歩いてくる人達もいるそうです。
付き添いの家族は待合室の床に毛布を敷いて寝泊りしているのですが、
結構、これが明るく賑やかなのです。
病室でも患者のベッドの周りを
家族が取り囲んでいて、
深刻な病状の患者が多い割りには、
病院全体が明るい印象だったのは、

そこここに家族の絆を感じたから
かもしれません。
今年は
慢性的なベッド数の不足を補うため、
病棟を建て増しするそうで
(込み合うときは、一つのベッドに妊婦が
ふたり、背中合わせに寝ているそうです。)、
ますますダ・カーポも募金活動に力が入るという訳です。

しかし、張り切り過ぎは禁物。
ダ・カーポの募金活動のモットーは、
「無理せず、長く継続すること」なのですから・・・。


半日遅れで、バイラワ空港へ到着さて、話は変わって、ネパールの飛行機事情の不可解さについてですが、
出発時間の遅れは毎回のこととはいえ、
それが30分や1時間どころじゃないの
です。

2〜3時間は当たり前。
その上、遅れてる理由も、その後の
情報のアナウンスもありません。
係員に状況を聞きに行くと、
まるで謝ることを知らないかのように、
「遅れてます」
とニッコリされてしまうのです。


「半日遅れで、バイラワ空港へ到着」
それにしても、
ブトワル(バイラワ空港)へ行く時の飛行機にはホトホト参りました。
2時間遅れでやっと飛び立った飛行機が、天候が悪いからと途中でUターン!
広子とふたりで、「プリ〜ズ! オー・マイ・ガット!!」と叫んだものでした。
航空会社の事務所に掛け合っても、
「天気に聞いてみないとわかりません」と、人ごとみたいな答え。
仕舞いには、「気の毒です」と同情までされちゃう始末なのでした。

ところで、ネパールを楽しく旅する極意をお教えしましょうか?
それは、何があっても決してイラつかないこと!

寛容と忍耐と、ミネラルウォーターが大切です。
ミネラルウォーターはいつも持ち歩き、頭に血が登りそうになったり、
胃酸が込み上げてきたら、ひと口飲んで10まで数えます。
まさしく「溜飲を下げる」とは、このことです。
しかし、「喉元過ぎれば・・・」とは良く言ったもので、
不思議というか、怖いことに3日もすると水もいらなくなります。
なんか、時間に身を任す心地よさというか、
運命(ちょっと大袈裟かな?)に身を投げ出して、
なるようにしかならないんだと思うと、実に“ラクチン”になるんですね。

それが、ネパールにはまる所以なのかもしれません。

それにしても、いくつ年を重ねても、世の中知らないことばかりで、
ますますこれからの人生が楽しくなってゆくような気がしています。
年を重ねても、何もかも判ったような顔をしないで、
いつも心の中に余白を残しておくような、そんな生き方をしたいものです。

さて、全国のダ・カーポファンクラブの会員の皆さんが集まってくれる
コンサートといえば、恒例となっている12月の横浜と5月の佐野ですが、
いよいよ「佐野ダ・カーポコンサート」が近づいてまいりました。

今年は5月8日(土)です。
10年続けるコンサートも今年で4回目。
このコンサートも時間に身を任せてると言いますか、
自分との戦いと言いますか・・・。
マラソンで言えば、やっと中盤に差し掛かったところですので、
皆さんの応援をよろしくお願いします。
佐野もいいところですよ。厄除け大師やラーメンで有名ですが、
古い城下町ですので、町並みも風情がありますし、
老舗の人形店や和菓子屋さんも多く、人情はあったかいどころか熱いですよ。

是非一度、広子の故郷へどうぞ!

2004年3月8日の巻2004

花の季節が近付くと、ボクは気がふれる。
桜が2分咲き3分咲き、こぶしの花も咲きかけているのヨ、
などと聞くとワクワクする。
もうじっとしていられない。

子供の頃は、土手に咲くたんぽぽだった。
おふくろにせがんでおむすびをこしらえてもらい、アヤちゃんを誘って・・・、

いや内山さんと並んで食べたいなァ、毎年そう思った。
(その夢は叶わなかったけど・・・。)
この時期は夢見る春のシアワセてものがある。
最初に気がふれるなどと大袈裟なことを書いたが、
一週間おきにボクの心は揺れ動く。
硬派と軟派の二極に大きく揺れるのだ。

分かり易く言うと、軟派の時は、
「いいのヨ〜ン、モー許してあげる」的、

その人の事情てものを分かり過ぎるくらい理解してしまう。
そして、内股で歩き、手で口を覆い、クフフフフなどと笑うのだ。
年配のオカマもどきは気味が悪い。
第一、ダ・カーポが近寄らないよネ。
まァ、それは冗談だけど・・・。

今のボクは超硬派だ。
オチャラケの若者に憎悪を燃やす。
「オー、マイガット」だとか、「アンビリーバヴォ」だとか両手を広げ、

首でも傾げていたら、飛びかかって殴りたくなる。
第一、日本人にはオチャラケとオーバーアクションは似合わない。
男だったら汗を流せ、ダムを作れ、トンネルを掘れ(ダムはいけない)。
プロジェクトXを見たかッと言う心境なのだ。
だいたいテレビに出てるオチャラケ芸人はなんだッ。
あんなギャグなど見たくもない。
あんなものがいいとは、日本人はどうなっちゃったのだッ。
ンモー、ハァ、ハァ、ハァ(興奮して血圧が上がっている)。
この間なんぞ、

電車の中で女子高生が「オヤジ〜ってキモイ〜」などと言っておった。
「ンモー、許せん」
対抗処置として最近ボクは、腕立て伏せを10回、腹筋を10回、
ついでにシャドーボクシングの真似事を始めた。
ダ・カーポから、「年寄りのヒガミとヒヤミズが一緒になっちゃったんだネェ」と
言われている。
エーイッ、黙れ、だまれェ!!
春はオトウサンを狂わせる季節なのだ。

2004年2月24日の巻2004

先日(2月22日)、
春二番(?)が吹いて、横浜の夜はさながら嵐のようであった。
自室の2階の窓を開けて、ビュービュー鳴る風の音や、
ざわざわと激しく揺れる庭木の不穏な音に混じって、大粒の雨が屋根を打った。
(子供の頃、台風が来るとワクワクしたものだ。)

この春二番は、春のエネルギーがそこまで来ている証だろう。
東戸塚駅に咲いている紅白の梅の花が心配になった。

さて、前回、石垣島クリスマスコンサートのことを書いたら、
早速、石垣島日航ホテルの松本さんからメールをいただいた。
「いずれどなたかホントに永住されるのですか?」と嬉しい便りだった。
エェ、ホントにそのつもりですヨ。

長く旅(芸能界)をしていると思わぬことに出会う。
昨年、会津若松東山温泉では、かるた姐さんに出会った。

なんとおん年82才、現役バリバリの芸者さんだ。
信条は、「学はないけど、マナビはある」。
そう、お座敷を教室にしていた人なのだ。
枯れたのどを・・・イヤ・・・渋いのどを聴かせてくれた。
会津磐梯山をダ・カーポと歌って、
「あなた、上手ネェ。歌手になれるわヨ。」と言われ、
「なれるものならなりたいなァ。」と、ダ・カーポは答えていた。

今、本屋で「祇園の教訓」岩崎峰子著が売れているそうだ。

『昇る人、昇りきらずに終る人』とサブタイトルにある。
ビジネスの場と違い、遊びの場でより人間の本質が出るようで、
成功・不成功はその人間性にあるようだ。
芸者さんは人を鋭く見ているものらしい。

1月23日、大手紳士服メーカーの新年会にご招待された。
場所は銀座新喜楽。
芥川賞、直木賞の選考をする由緒ある料亭だ。
ボクはスーツに身を固め、黒塗り車が並んでいる所へ

黄色と緑のまだら模様のタクシーで横付けしたのネ。
その昔、伊藤博文と親交が深かった女将に贈られた書がある。
案内してくれる女性の物腰が気持ちいい・・・、いわゆる格調があるのですネ。
50名程のお客様は全員どこかの社長さんといった雰囲気で、
ウームとなってしまった。
大広間での宴会は、それはにぎやかなものだった。
黒髪ぬれぬれの芸妓さんがズラリと並び、舞を披露、唄を聴かせてくれた。
82才のかるた姐さんとはちょっと違う。(大分かな。)
日本髪のお姐さんがボクにお酌をしてくれて、四方山話・・・、

こう斜めに何やら流し目で千社札をくれた。
“新ばし 千代里”
ウーム、これは証拠品としてダ・カーポに見せびらかさなければ・・・、
しかもボクだけにくれたのだ、ムヒ!
お開きになり玄関の広間へ行くと、
みんなこの千社札らしきものを持っているではないかッ、
そうだネ・・・そうだよネ・・・・・。
黒塗り車を横目で見ながら、ボクは銀座の地下鉄へ急いだ。

1月28日、
品川パシフィックホテルで写真家白川義員さんの猪突猛進会があった。
先生の誕生日であるこの日は、
出版社、カメラマン、芸術家、マスコミ界、超硬派が集合するパーティーで、
先生の命がけの撮影行き(世界百名山に続く、
世界百名漠)を激励し、祝う会であった。
先生にお会いするたびに感動する。
揺るぎのない凛とした信念、態度、全てが心を打つ。
南米、アフリカでの苛酷な撮影のご無事をお祈りします。

新喜楽、猪突猛進会、今年はダ・カーポが不在(ネパールに行っていた)で、
さみしい会であったが、勉強になった気がしている。

さて、忘れてはならないお知らせです。
3月2日、日本橋三越でダ・カーポライブが決定しました。
1回目が12:30、2回目が14:30です。
急な決定です。
是非、三越へお運びください!!


2004年2月13日の巻2004

先日、大阪から帰る新幹線の中でポケットがいやに膨らんでいるので、
中身を取り出してみた。
ム、ム、ム、2月6日から続いている旅で、領収書が山のように貯まっていた。
サッポロラーメンすずらん、すすきのの居酒屋おとうちゃん、ウムウム・・・、
レストラン樹林、この店は高かった・・・、
ローソン東金でおむすび、ポテトチップス、キットカット、

ウームそう言えば千葉の東金でもコンサートをやったのだ。
大阪梅田のお好み焼き風月、ブタマンほうらい。
食い物の領収書だらけだ。
2月10日は大阪グランキューブ(約3000名のキャパ)でのコンサート。
麻理子のフルートが冴え渡りましたネ。
1月の末にダ・カーポがネパールから無事に帰国して、にわかに多忙になり、
まさに東奔西走をしている最中で、ボクの服装は着のみ着のまま、
取り替えるのは下着だけという情けない有様で、
何でもかんでもポケットに入っている。

(タクシーの領収書など見せたいネ、山ほどあるんだから・・・)

で・・・、今頃になって、去年の忘年会はやったっけ?
どうも思い出せない。
鍋をつついたり、船盛の刺身を食べたりした記憶がない。
例年なら、焼き鳥セットで無理して焼酎のお湯割りを飲んで、
わァ、気持ちワリイ〜などと言っているはずなのだ。
忘年会、新年会のケジメをつけなかったせいか、
キリリとしないまま12月からいきなり2月になってしまい、

未だに去年を引きずっている。

“去年”平成15年は、ダ・カーポデビュー30周年で思いで深い年であった。
感慨もひとしおで東奔西走をした。
中でも、九州の種子島・石垣島の南国の旅は楽しかった。
サンタクロースも来るのに困る石垣島のクリスマスディナーショーは、
イカッター(又はエガッター)。
何がって・・・・・?
恒例の横浜コンサートが成功に終わり、ゆとりある心に南国ののんびり、

ポカポカ25度、エメラルドグリーン、白砂、短パン、アロハで、
オーリトーリいらっしゃいませと出迎えてくれた。
くっきり眉毛に、パッチリお目々が微笑んでくれるのだからたまらない。
PAの宮下君などは永住すると言い出し、
ギターの大平夫妻は、CDが売れたら絶対ここに住むッ
(unoのアルバム「スペインにて/トレドの小径」好評発売中、買ってください)、
ピアノの勝又君は、
胸の大小より瞳のキレイな娘だったら、今、すぐにでもOKョ、
お嫁においでなどと言っていた。

ダ・カーポ始め、全員が石垣島の虜になっちまったのである。
ボク?
ハブの粉は効かなかったけど、永住したい組の一人なのだ。

2月6日、
札幌雪祭りでNHKテレビ生放送の雪上ステージで歌ったのは何年ぶりだろう。
2月11日、函館市民会館。
今年は北国づいている。
雪の中にいると、ことさら南の島を思い出したりした。

2004年1月30日の巻2004

大寒を迎え、寒い毎日です。
風邪などひいていませんか?
まずは、お見舞い申し上げます。

最近よく見かける大きなマスク姿は、

重大事態発生を連想させる物々しさがあり、妙に不安を駆りたてられますネ。
電車などでボクが咳をする時、遠慮がちに「コホン」としていますヨ。
この巨大、絶対的マスク姿は無理からぬことで、
今、世界中を駆け巡るオソロシウイルスから、
逃げられれば逃げたい、いや、防げるものなら防ぎたい。
自分たけは助かりたい・・・・・、じゃあなかった、
人様に迷惑をかけまいとする姿なのですネ。
数えてみれば、猿(AIDS)、牛(BSE)、ハクビシン(SARS)、
鯉(ヘルペス)、鶏(トリウイルス)、

これら動物から感染するはずのないウイルスが人間にうつると言うのだから・・・
どうすりゃいいのだ!!
ウイルスは変化自在(変幻自在)でもあり、
超々微小、ちょうビショウなので恐ろしい。

オソロシ話はまだある、地震だ!!
長周期地震動が巨大建物を襲う、先日のNHKスペシャルを見ていて、
ボクは震え上がった。
50階建ての上層部では、幅2mもの揺れが8分間続くと言っていた。

ダ・カーポも高層マンション住いなので、早く引越をさせなきゃ・・・。
何しろ東海・東南海・南海と巨大地震が目白押しなのだから。
オソロシ話を列挙すればキリがない。
異常気象、イラク戦争、北朝鮮問題、
国内での幼児虐待などは、人の心の闇(病)を見る思いがして、
暗澹としてしまう。

イカン、イカン、明るいことを考えよう。
昨日、ダ・カーポがネパールから帰国した。

腹もこわさず、風邪もひかず、
リフレッシュダ・カーポは晴々と春風のように帰ってきたのです。
お土産話を沢山お聞かせ出来ると思います。

それから、TBSラジオゆうゆうワイドの作詩募集(お手紙でも可)は、
締切が今月中ですが、でもしかし、多少ズレ込んでも結構ですので、
是非是非ご応募ください。
  宛先 〒107−8066 TBSラジオ
     「大沢悠里のゆうゆうワイド」ダ・カーポ作詩係

ダ・カーポコンサートのバックで、
素敵なギターを聞かせてくれている大平重成さんが、
奥様(ピアニスト)と、「uno」というデュオを組んでいて、
「ラッツパック・レコード」より2月7日にCDを発売します。
アルバムタイトル『スペインにて/トレドの小径』です。
是非、レコード店でお買い上げください。
ちなみにCD番号は、UNO−118です。

2004年1月16日の巻2004

寒中お見舞い申し上げます。
正月もだいぶ過ぎてしまいましたが、おめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
皆様には、輝かしい年を迎えられたことと存じます。
お陰様でダ・カーポも、久々にのんびりとしたお正月を迎え、
くっちゃ寝くっちゃ寝の三が日でありました。
2004年、改めての決意などありませんが、

健康で平和に過せる年であるように心から希望しています。

さて、マネージャーとして
私もそろそろ正月ボケから正気に戻らなければいけないのですが、
気合を入れ直して、「オーシ! 今年もガンバルゾ〜!」
そうそう、このガンバリマスが年賀状に一枚もないのには驚きましたネ。
この“頑張る”を辞書で引くと、
『我意を張る、又は最後までやり抜く』とありますが、
社会的背景を反映してか、

はたまた「ガンバル」が実に子供っぽい意思表示からか、
使われなくなってきましたネ。
確かにタレントが、「ガンバリマース」と言うのは実に軽薄で、
勝手にガンバンなさいとなっちゃうのヨネ。
又は「ガンバッてどするのサ」、
「ガンバッタ後はどうなるんですかッ」と言われると、
誰も責任持てないもんなァ。

まぁ、とにかく今年はガンバルを使わない代わりに、

返事に こだわり たい。
明るく爽やかに、そして元気に「ハイッ」と気合を込めて・・・。
いや待てヨ、ハイではありきたりすぎるので、
「よろこんで」(どこかの居酒屋風だけど・・・)はどうだろう。
例えば、「松本君、コーヒーを入れて」、「ハイ、よろこんで」。
「松本君、コピーをお願い」、「よろこんで」。
「コーヒーおかわり」、「ハイ、よろこんで」。

いいではないか、イイデハないか。
ウーム、「よろこんで」にはヤル気、すなわち頑張りますが隠されていて、
勤労の喜びも感じられる。
また、自分自身を叱咤激励しており、建設的ではないか。
その上、相手への思いやり奉仕の精神に満ちている。
これは返事文化の革命であるな。
ボク「オーイ、松本君、今年からコレで行こう。」
松「何を馬鹿なことを言ってるんですか。税金のシーズンです。
  早く領収書の整理をしてくださいッ。」

ボク「ハイ、ヨロコンデ・・・」弱々しく返事・・・・・。

1年が始まりました。
1月20日からダ・カーポはネパールへ行きます。
昨年12月20日、
関内ホールコンサートでのAMDA募金88,437円を持って、
ネパール子供病院も訪れる予定です(実はもうAMDAへ送金してありますが)。
何よりも皆様の温かいお心に感謝しています。

帰国は29日の予定。

それから、“皆様に作詩家になってもらいたい”お願いです。
TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」では、
『夢』をテーマに詩の募集をしています。
あなたの詩(手紙)がCDになるかもしれませんヨ!!
奮って御応募ください。
  宛先 〒107−8066 TBSラジオ
     「大沢悠里のゆうゆうワイド」ダ・カーポ作詩係

     (締切は、2004年1月末日です。)
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