2005
ダ・カーポ ただ今、東奔西走

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今年もいろいろありがとう!2005/12/26

今年ももう残りわずか。
光陰矢のごとし。
X’masも自分の中ではほとんど盛り上がらずに、
街のイルミネーションを横目で見ているうちに終ってしまいました。

それにしても今年は本当に良く歌いました!
コンサート漬けでしたね。自分を誉めてあげたく思っています。
でも、政敏もエラかったけど、広子はもっとエラかったですね。

(エライ!という意味が僕と広子では大きな違いがありますけど・・・)
前にも書きましたが、広子は本当にタフです!
こんなにガンバレる体力と精神力があるとは思っていませんでした。
実は、僕はこのコンサートで10kg痩せてしまいました。
誰ですか? 羨ましいなんて言ってる人は?
8月頃から何だか食欲が落ち始めたのには気づいていたのですが、
10月のある日、知人たちと行った鎌倉のリゾートホテルの風呂場で、
何の気なしに乗った体重計の針がなんと! 59kgを指していたのです。
信じられなくて、目をこすったり、しゃがんだりして指し示す針を確めたりしたのでした。

少し太ったなと感じる時には66kgぐらいありましたから、
この時もうすでに7kg痩せていたわけです。
確かに体力的には10月の中旬からかなりバテ気味で、
ステージが終った瞬間、ヨロけてマイクスタンドにしがみついたりしたこともありました。
何しろ、広子には一番心配をかけてしまいました。
パートナーに気をかけながら、観客を納得させるステージをこなすのは、さぞ大変だったろうなと思います。
TVで歌う姿をご覧になった方々からも、「どうしたの?」という御心配をたくさんいただいて恐縮しておりますが、
でも、もう今は大丈夫!
世間様が忙しいこの12月に、1週間まるまる休みを取ってゆっくりしましたら、もう3kg戻りました。

この文章を書いている時も、テーブルの上にはミスドのドーナツとミルクティーがありますし・・・。

今年は本当にいろいろなことがありました。
苦楽を共にしてきた兄を3月に亡くし、6月からは広子と僕とデスクの松本と3人でダ・カーポ音楽事務所を始め、
9月には新人の斉藤君が手伝ってくれるようになり、忙しいスケジュールを順調にこなしている今日この頃というわけです。
新曲のCDも4月に「ベストパートナー」、7月には「野に咲く花のように」をリリースしましたし、
来年の春には新しいアルバムのレコーディングに入る予定です。
そしてなんと!その前に、コンサートで歌っている楽曲をまとめたものを出すことになりそうなのです。
来年は元旦から歌っていますし、また忙しくなりそう!! ガンバルぞーーー!!

何卒、来年もダ・カーポをよろしくお願いいたします。
そして、皆様、良いお年をお迎えくださいませ。

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ツアー真っ只中です!2008/11/07

またまた御無沙汰をしてしまいました。
何しろ忙しくて!って、今回も同じ言い訳をしちゃってます。

でも、やっぱり忙しいことはありがたいですよね。
一日おきのコンサートと、その間をぬってのTV、ラジオ出演、エッセイの〆切り、そして歌作り。
心臓があえいでいます。
でも、毎日のように整体と耳鼻咽喉科に通いつつ、がんばっておりますよ。
この頃つくづく感じるのは、体力回復には何といっても睡眠ですね。
寝ること!
どんなサプリメントを飲もうが、栄養価の高い食事をしようが、睡眠にまさるものはありません。
ツアーが始まった当初、広子がいつバテるだろうかと不安でしたが、
先にバテているのは、どうやら僕の方です。

広子は元気です!
気力が充実しているし、ステージでの集中力がすごい!
全身全霊でぶつかっていく姿を、我が妻ながらエライッ!と思います。

さて、話は変わりますが、先日(10月24日)は、オペラシティの舞台を初めて踏みました。
通常、ポピュラー音楽(ダ・カーポも)ではほとんど使うことのないクラシックホールですが、
今回は他にも数ヶ所あるのです。
オペラシティはホール全体が本当に夢のような響きがしました。
ステージ上から一度客席に向かった音が、スーッと上に上がってゆき、

また僕たちの頭上に降りそそいでくるという感じでしょうか。
娘の麻理子(Flute)もオペラシティは勿論初めてで、
憧れのステージで演奏できることを心から楽しみにしているようでした。
Flute Soloのコーナーでは、いつもの立ち位置より1〜2歩前へグイッっと出て吹き始めたのには大変驚きましたし、
親バカですが頼もしく感じたものでした。
PAのアキラさんもスピーカーなどの機材を使いながらも、
クラシックホールの響きをいかした自然なミキシングをしてくれましたし、
照明のアライちゃんも、クラシック仕立ての自然光に太陽光のようなあたたかい色を加えて、
客席の明りの調節で変化をつけたりと、出来る限りの創意工夫をしてくれました。

ですから、音も光もまるで天上から降りそそぐかのような、そんなステージでした。

今回のツアーで、何度か広子が『15秒の風景』を歌い終ったあと、
大きな拍手の中で「先生! ありがとう!」と叫んでおりました。
実は先生とは事務所の社長であり、マネージャーで、
アマチュア時代から苦楽を共にしてきた亡き兄(榊原宗康)のことなのです。
生前、舞台のそでから毎回、ダ・カーポのステージをいつも心配そうに見ていた兄の姿がありましたが、
広子がステージで“そう叫ぶ日”は、僕にも兄の気配や影が見える日なのでした。
ファンの方の中には、兄の死を悼んで、ふたつ席を取り、隣に花束を置き、

その花をアンコールの時に僕たちに手渡してくれるのでした。
こんな風にみんなに良くしてもらえるのは、決してダ・カーポだけの力ではなく、
兄は「死んでも生きている!」と思わずにはいられません。
空の上から今もダ・カーポを見守り、そして導いてくれている、
そんな気がするのです。

今年のコンサートツアーもまだ折り返し地点を過ぎたばかりですが、
もっともっとよーく寝て! がんばっていきたいと思っております。

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恐怖のロケバス物語2008/09/07

皆さん、お元気ですか?
今年は台風の当り年なのでしょうか。
今、この原稿を書いているコーヒーショップからも“台風14号”が過ぎ去ったというのに、
まだ強風が吹き荒れている街角が見えます。
黒雲が恐ろしいほどのスピードで空を流れてゆき、

街路樹が右に左にと葉を散らし、人もななめになって急ぎ足です。

このところ、ダ・カーポもまるで台風が吹き荒れるような忙しい毎日です。
先日は、旅番組「遠くへ行きたい」で、岐阜県の木曽川沿いを旅してきました。
ちなみにオン・エアは、日本テレビ系で9月18日(日)朝7:30からです。
八百津町では「日本のシンドラー」と呼ばれている杉原千畝記念館を訪ねました。
ナチスに追われたユダヤ人のために、日本政府の反対を押し切って、日本へのビザを書き続けた人で、
6,000人の生命を救ったと言われています。
イスラエル政府から戦後、杉原氏に感謝する勲章が贈られたといいます。

彼が救ったユダヤ人の、子孫繁栄という生命の広がりを考えれば、
6,000人どころではなく膨大な生命を救ったことになるのだと思います。
それにしても杉原千畝の存在が、外国での方が有名であり、
評価が高いというのは、何とも日本人として情けないことです。
今回の旅ではその他に、飲むミリンや、寒天料理、お年寄りの認知症予防療法の「回想法」など、
何しろ楽しい旅をしてきましたので、ぜひ番組をご覧下さいませ。

さて、ロケバスって皆さん、御存知でしょうか?
「遠くへ行きたい」でロケをする時の移動手段は、ロケバスと呼ばれる

ジャンボタクシーをひと回り大きくしたようなボンゴバンです。
運転手さんは取材する町の地元の方を頼むのですが、
時々、大きな町から来た土地感のない人だったりすると、これはもう仕事になりません。
なにしろディレクターの大貫さん(以前、ファンクラブの会報にも寄稿していただきました)は、
取材する町の道を良く調べ上げていて、「ここを右! そこを左!」と的確な指示を出します。
ほとんど毎回、初めての町であるにもかかわらず、これには本当に驚かされます。
方向オンチの僕には到底務まりません。
その上、有名な観光スポットは取材しないというのが、この番組のポリシーのひとつでもあって、
人の知らない場所を選んでいるようなものですから、

「○○町の○○川が見える山道まで!」
なんて指示された運転手さんは右往左往、「すみません!」を連発しつつ、地図を広げたりしています。
その上、今回の運転手さんは土地感がない上に、実に慎重な人でした。
山の湖を近くで撮影したいからと、峠から山道を下り始めた時のことでした。
折からの雨模様で、曲りくねった細い道は山霧がたち込めています。
15分ほど下ってゆくと、「この先、行き止まり!」という看板が見えました。
その先の立て札には、「関係者以外立ち入り禁止!」の文字が!
その上、「落石注意!」とも書かれています。
ガードレールもない道は、いよいよ狭くなり始め、路肩が崩れている箇所もあったりして、

もう切り返してUターンもできないほどなのでした。
そうこうしているうちに、一行の目の前に突然ポッカリとトンネルが、
まるで僕たちを待っていたかのように口を開けているではありませんか。
戻るに戻れない一行が、飲み込まれるようにトンネルに入ってゆくと、
中は真っ暗なのに、白い霧が充満していて、2m先が見えないほどなのです。
不思議なことに、トンネルに入ってから明らかに車のスピードが上がり始めました。
「なんでこんなところでスピードだすの!?」と、大貫さんの声が聞こえます。
30mほど行くと、なんとコンクリートで塗り固められた壁が立ちはだかっています。
どうやら、その先は行き止まりのようなのです。

しかし、よーく目を凝らして見ると、右へ曲がる急カーブになっているのでした。
ロケバスが進むと、空気が押されて、霧が流れ出し、何かが蠢いているように見えます。
広子が、「イヤダー! ここ何かいるヨー!」
スタッフもお煎餅を食べる手を止めているのがわかります。
やっとトンネルを抜け出たところで、溜息をつくようにして車は止まりました。
大貫さんの、「もっと先へ行って!」の業務命令にも運転手さんは沈黙を守るばかり。
要するに固まってしまったのですね。
「運転している人が、もう行けないって言うんだったら、僕ももう何も言えないけど・・・」と、
大貫さんが言い終わるか終らないうちに、関を切ったように運転手さんが喋り始めました。

もうこれ以上は無理だし、危ないし、お客さんの命も預かってるし。
これが、ひとりやふたりだったらまだしもだし!って、何人だって命の大切さは変わらないだろうに、
何だか意味不明なことを捲し立てているのでした。
結局、その先は機材を担いでの歩きとなったのでした。
翌日はやっぱり運転手交代!
でも考えてみると、あの運転手さんも可哀相だったなぁ。
ロケバスに乗車してしまったのが災難だったような気もするのでした。

さて、話は変わりますが、毎年暮れの「ダ・カーポ横浜コンサート」は、

次回から毎年3月に開催することになりました。
3月は事務所社長(兄・榊原宗康)の祥月(命日は3月3日)でもあり、
何より、このコンサートに力を入れてくれた兄を偲んでいただくためにも日時を変更させていただくことになりました。
皆様、どうぞ御理解をいただき、春風の吹く頃にお会いしたいと思っております。

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暑中お見舞い申し上げます2005/08/08

皆様! 暑中お見舞い申し上げます。
そして、御無沙汰しておりました。
ホームページの書き換えも出来ないほど、毎日、忙しかったと言ったら言い訳になりますよね?
どうぞ、便りがないのは無事な証拠と思っていただき、勘弁して下さいませ。
それにしても、春から夏にかけて嬉しい悲鳴も、息切れしそうなほどの忙しさなのでした。

さて、この6〜7月に新曲「ベストパートナー」のキャンペーンのため、
札幌、名古屋、長野、福岡、大阪を回ってまいりました。
各地での確かな手応えに今、満足感と達成感を味わっているところです。

この「ベストパートナー」は今までのダ・カーポの曲調とかなり違っていて、
ふたりの間のいわゆる“愛”について歌った歌は初めてと言っていいのです。
まして、カラオケ的掛合いデュエットですから、未だに照れながら歌っています。
今回のキャンペーンでは、イン・ストア・ライブなるものもやってまいりました。
早い話が、CDショップの店頭でのサイン即売会というものですが、
たくさんの皆様においでいただき、またコンサートとは違う感動を覚えました。
こういったライブは、自分の力量というか、人気度と存在感を試されるわけですから、かなり緊張するものなのです。
その上、即CDの売上げに直結するという苛酷な状況下にありますから、厳しい現実を思い知ることになるわけです。
福岡では、池袋のサンシャインみたいな巨大なショッピングモールの広場で、

大阪では、世界の有名ブランドのテナントが入っている超オシャレなショッピングビルの、
大手レコード店の常設ステージでした。
今回は、コンサートでの販売枚数(多いときは300枚ほどたそうですが)とまではいきませんでしたが、
それなりに、そこそこ?という感じでした。
お買い上げ下さった皆さんに感謝するとともに、何より、このライブに集まってくれた方々が楽しんでくれたことを
本当にハッピーに思っています。

5〜6年前から、熟年夫婦のファンが多くなったという話を既にしたことがありましたが、
このところ、また状況が変わってきました。

熟年夫婦に混じって、新婚さんや若いカップルが目立ってきたのです。
「私たちはダ・カーポさんを目指します!」とのこと。
僕らみたいな夫婦になりたいとは、イヤー! 照れますよねー!
でも嬉しいような、ちょっと迷惑のような複雑な気持ちですね。
それにしても、若い人たちが真面目に堅実にふたりの愛について考えていることに、
正直言ってちょっと驚いたと同時に、なんとも嬉しく思ったものでした。
「世のラブラブカップルの皆さんを、ダ・カーポは応援しています!」

さて、「ベストパートナー」は、私事で恐縮ですが、結婚25年、銀婚式に因んでリリースした曲ですが、

ちょうど25年前の結婚した年に出した、ある歌があります。
それは、フジTV系のドラマ「裸の大将放浪記」の主題歌「野に咲く花のように」です。
ダ・カーポの想像以上に皆さんに愛され、歌われてきた曲で、
歌の譜面や合唱用のピアノ伴奏譜、カラオケなどの問合せが、実は数年前から頻繁にあったのです。
そして、実に不思議なことですが、この25年間、シングル化したことがなかったという楽曲だったのです。
そして、ついに皆さんの御要望にお答えして、この7月6日に、初めてシングルCDとして発売の運びとなりました!
この歌がシングルとしてヒットしたら前代未聞!
快挙ですね。
ちなみに、このシングルCDは、

M1 歌入り
 2 カラオケ
 3 合唱用ビアノ伴奏 メロディ入り
 4 合唱用ビアノ伴奏 カラオケ
 5 オルゴールヴァージョン(小坂明子さん編曲)
が収録されていて、その上、ジャケット(友人のイラストレーター安藤勇寿さんの絵)の裏には、
ハーモニー譜とピアノ伴奏譜(拡大コピーでそのまま使えるヨ!)まで載っているという、
まさに至れり尽せりのCDなのです。
是非、お買い求めあれ!

さて、ダ・カーポはこの猛暑の中、ますます元気です。
秋には2日に1回のコンサートスケジュール。
今から体力作りに励んでいます。
これからも応援ヨロシクお願いします!
(なんだか最後はスポーツ選手みたいになっちゃいました。)
DA CAPO 榊原まさとし広子

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2005年4月26日の巻2005

ベストパートナーダ・カーポの新曲「ベストパートナー」が、4月20日に発売になりました。
実はダ・カーポは今年、結婚25周年を迎えます。
そうです!
「ベストパートナー」は、銀婚式にちなんでの新曲なのです。
イヤー! 照れますなぁ!
でも、ダ・カーポが「ベストパートナー」を歌い出すと、

ピンク色のハートがふたりの頭上に出現し、
その上、ハートの周りにキラキラ星がきらめき出すという、
なんとも幸せ感いっぱいの歌なのです。
でも、この歌は銀婚式を迎えた世の中の御夫婦を代表して
歌っているつもりでいます。
同世代の諸氏は、まず、面と向かって
「君は僕のベストパートナーさ」なんて言えるわけありません。
僕もそうです。
夫の方は、ある日、妻からそんなこと改まって言われたら「どないしょっ!」

などと、密かに恐れたりしているのでしょうが、
妻の方は、夫のその“ひとこと”をじっと待っていたりするそうですゾ!
そこで、ハッキリ口に出せないあなたに
このCDをお買上げいただくことをお奨めいたします。
奥様にプレゼントするなり、ふたりで聞くなりして、
これからの幸せな夫婦のあり方に思いを馳せていただきたいと思います。

さて、発売に先立って新曲の披露パーティーが東京原宿の「アニヴェルセル表参道」で開かれました。
250人以上のダ・カーポを応援してくださる方々にお集まりいただき、

華やかで盛大で心温まるパーティーとなりました。
ファンクラブの皆さんからも、ファン歴の長い方々をご招待いたしましたが、
ダ・カーポのミニコンサートと、美味しいお料理やお酒、
そして会場が一体となった暖かい雰囲気が何より素晴らしかったと喜んでいただきました。
(陰の声:それにしてもみんな、良く飲んで食べてたナー!)
「世界不思議発見」や「The Wide」の草野仁さんや、TBSラジオ「ゆうゆうワイド」の大沢悠里さん。
「野に咲く花のように」の作曲家小林亜星さんなど、著名な方々もお忙しい中、駆けつけてくださいました。

当日は「ザ・ワイド」の取材が入り、

ダ・カーポの特集を組んでいただきました(4月20日O.A.)。
番組を御覧になった方もいらっしゃったと思いますが、ダ・カーポの歴史にも、
  ♪ 思いおこしてみましょうか
    いろんなことがありました ♪
という「ベストパートナー」の歌詩の通り、広子の変形性股関節症での長期入院や、
この3月には長年の、それこそベストパートナーだった事務所の社長(兄・宗康)の急死など、
本当にいろんなことがありました。
兄の死去にあたり、今、この難局と、この悲しみをダ・カーポと新マネージャーの松本亜津子と3人、
一生懸命乗り越えようとしている最中です。

新曲のレコーディングが終って、「こんなに人を幸せにしてくれる歌はないネ!」
と発売を誰よりも楽しみにしていた兄のためにも、
「ベストパートナー」をヒットさせるべく、一層の努力をしたいと思っています。
皆様にも応援をよろしくお願い致します。

作詩していただいた小林篁次さんは、
ベストパートナーという関係は夫婦だけではなく恋人、兄弟、友達、そして仕事上の関係にもあって、
「それぞれのベストパートナーを大切にしたいものですね」と優しくおっしゃっています。
ベストパートナーを持つことは、“人生の宝”だと言ってもいいのではないでしょうか。

ダ・カーポはみなさんと、いつの日も、
歌で結ばれた“ベストパートナー”でいられますように、心から願っております。
DA CAPO 榊原まさとし広子

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2005年3月14日の巻2005

2005年3月3日のひな祭りの日に、
サカキ音楽事務所社長、榊原宗康が永眠いたしました。
享年64歳。
社長として、ダ・カーポのマネージャーとして、人として、
「見事に務めを果たした!」という人生だったと思います。
葬儀は、前日までの寒さが嘘のような穏やかな春の日和の中、行なわれ、
本当に沢山の皆様に別れを惜しんでいただきました。
故人も安らかに天国に旅立てたと思います。

これまで御厚情をいただいた皆様に心より御礼申し上げます。

さて、遺族の意志により、事務所の名称が「サカキ音楽事務所」から
「ダ・カーポ音楽事務所」に変わります。
(住所や電話番号は従来のままです。)
新マネージャーは、声も美しき松本亜津子。
真面目に、誠実に、一生懸命務めさせていだだきます。
故人の意志を継ぎつつ、心機一転!
明るく元気に、すがすがしく参ろうかと思っております。

何とぞ、これまで以上の御支援、御指導を、よろしくお願い致します。
DA CAPO 榊原まさとし広子

2005年1月31日の巻2005

1月21日から25日まで、四国コンサートツアーだった。
出発に際して、メンバー・スタッフ12名にわたくしは訓辞をした。
「今回の旅はお遍路ツアーである。

四国には八十八ヶ所の霊場があり、諸君にも何か祈願することがあるだろう。
祈願するには、まず懺悔をし、心を清らかにしておかなければならない。
よって今のうちにわたくしに前非を告白しなさい・・・。」と、厳かに言い渡した。
ところが全員、ポカーンとして、「なんじゃそりゃあ」という顔をしている。
5日間の旅で、無理難題を言うこともあるだろうから、
全員の弱みを握っておこうと思ったのだが、先刻、全員に見抜かれていた。
「エー、四国はウドンが旨い、魚が旨い、そして気候温暖、ネエチャンはキレイ」
と作戦を変更した。
こうして勇躍、第1日目のコンサート地、新居浜へ出かけたのである。

気候は温暖どころか、寒い。
ホール自体が凍っている。
ステージ上に風が吹いて、ドレス姿の広子は震えていた。
だがしかし、流石ダ・カーポ、熱唱に次ぐ熱唱で、
お客様の温かい拍手で会場は熱気に溢れて、第1日目が終ったのである。
翌日は徳島。
ここからお遍路は始まるのである。

≪次回をお楽しみに≫

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2005年に、はばたきます2005/01/26

明けましておめでとうございます。
2005年が皆様にとって良い年でありますよう心からお祈り申し上げます。

昨年、日本は台風や地震に見舞われ、まさに天変地異の一年でした。
異常気象もここまでくれば、
誰もが地球がおかしなことになってると気づいているはずですが、
僕達人類の欲望は止まる所を知らず、際限がありません。
切腹! もう経済発展はこの辺でいいんじゃないでしょうか?
景気回復、内需拡大って、あの手この手で敵は攻めてきますが、
便利な生活といったって、
ケイタイをサイフ替わりにしなくたってよさそうなもんです。
サイフがあるんですから。

カメラ付きというのもねぇ。
僕たちもあれで撮られることが多いのですが、
ついでみたいで決していい気持ちはしません
(この頃は慣れてきましたけど・・・)。
新しいことがいいことだという考えは止めて、不必要と思える新しいものには、
「ついて行けない」じゃなくて、「ついて行かない!」ことにしましょう!
新しいものにうんざりしているこの頃です。 

さて、ダ・カーポの今年のテーマは“すがすがしい一年”です。

こんな世の中ですから、ダ・カーポは元気にすがすがしく行きます。
小さいことにくよくよせず、前向きに行きたいものです。
あと・・・それから・・・今年も仲良く歌わせていただきます!
私事で恐縮ですが、今年は結婚して25年!
なんと銀婚式です。
4月には銀婚式にあやかって、新曲が出ます。
長年連れ添った夫婦の歌です。
「25年なんて、まだまだ一波瀾あるね!」と、
みのもんたさんに言われましたが・・・。

昨年の12月以降のコンサートにいらした方は
もう聞いてらっしゃると思いますが、タイトルは「ベストパートナー」。
照れながら歌ってます。
今年もどうぞヨロシクお願い致します。

2005年1月19日の巻2005

明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になり、ありがとうございました。
また今年もどうぞよろしくお願い致します。
年頭の書き出しは、つい年賀状のようになってしまう。

さて東奔西走は年始に更新する予定でありましたのに、
例の如く私が何にで・・・それでもって・・・スケジュールがあれで・・・
ついそのー新年になってしまった訳です。
松本君に迷惑をかけ、「ンモーッ」と言わせているのであります。

年々正月を迎える心境が変わってきている。
一年の計は元旦にあり、などと思い、
昔は初詣に行っても、奥歯噛みしめ力強く、「今年もガンバリマス」。
わずかなお賽銭を投入して、誓い新たにリキミかえったものであった。

昨年の暮れはカウントダウンの仕事を断り、12月30日からお休みをして、
家でゴロゴロしていた。
いわゆる寝正月なのであった。
テレビを見るでもなし、本を読むでもなし、
口を半開きにして焦点の定まらぬ目を虚ろにしていた。
「まぁ、どうでもいいや」という心境ネ。
ガンバルのは止めよう。
大晦日は雪が降ったようだ。

NHKの紅白の結果は知らない。

あくびを連発して、1月2日箱根駅伝のスタートの様子をフトンの中で見ていた。
フム、フム、フーム美しい。
鍛えぬかれた若者達の筋肉の躍動、キリッと結んだ唇に必勝の決意を潜ませ、
瞳は前方一点を見据えている。
“愚直に前進あるのみ”この一念が美しい。
あッそうだ、コレはダ・カーポがステージで歌う姿だ。
私は思わず起き上がり、正座してテレビに釘付けになった。

ランナーが箱根の山登りの頃には立ち上がり、叫んでいた。
マネージャーだって闘志、闘魂、炎のファイトが必要なのだ!!
・・・(コレはプロレス的でいささかオーバーであるな)。
普通に言えば、多少のことでメゲてはイケナイ職業である。
まぁしかし、大いなる闘志を柔らかな笑顔に変えて事に当たるのは確かだ。

かつて私は、横綱貴乃花の
「ガンバリマス」、「ガンバルだけです」のコメントをバカにしていた。
ここに訂正してお詫びしなければならない。

何と言う素晴らしいコメントであったことか・・・。
箱根のゴールのテープを切る選手たちの姿に、私は泣いていた。
ハラハラと、あゝハラハラと、感動の涙であった。
そして心に誓った。
もう止そう、ズルズルのモモヒキはキッパリと脱ぎ捨てるぞ!!と・・・。

1月中に新曲「ベストパートナー」(4月20日発売)とそのカップリング曲の
レコーディングがある。
そして2月中旬にダ・カーポはパリに行く。

残る私に沢山の仕事が待っている。
あれもこれもやらなければならない、ガンバラなければならない。
それを思うと半分気が重いのも確かなのである。
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