共同研究事業報告 

Ho:YAGレーザーとカラードプラエナジー法を用いた安全・確実な前立腺肥大症治療システムの開発

共同研究組織代表者  東北公済病院 棚橋善克
共同研究者 宮城野病院  安達国昭
東北公済病院 坂井清英
伊藤雅敏
梁瑞穂

<Keywords> 前立腺肥大症、経尿道的切除、Ho:YAGレーザー、超音波カラードプラ法、パワードプラ法 

はじめに
 前立腺肥大症とは、前立腺の尿道周囲腺が加齢とともに腫大し尿道を圧迫するため、排尿障害を引き起こ
すに至った病態をいう。
 前立腺肥大症とは、前立腺の尿道周囲腺が加齢とともに腫大し尿道を圧迫するため、排尿障害を引き起こ
すに至った病態をいう。この前立腺肥大症の手術療法としては、レーザー照射による前立腺手術の試みがは
じまっている。しかし、一般に用いられている連統波Nd:YAGレーザーは、組織(水中)での減衰が少なく組織
の深部までエネルギーが及ぷのにもかかわらず、深達度の判定が難しく、被膜穿孔などの危険がある。ま
た、術後、照射された組織の腫脹により、一過性の尿閉状態を来たすことも問題点として指摘されていた。

 そこで、本研究では、連続波Nd:YAGレーザーに伴う問題点を解決する目的で、パルス波Ho:YAGレーザー
を応用する事を試みた。また、超音波パワードプラ法(カラードブラエナジー法)を術前に施行して、前立腺内の
血流を予め把握し、腺腫内の太い動脈を確実に閉塞させ効率をたかめること、尿道周囲の静脈を焼灼し出血
を少なくすることを試みた。さらに、耐久性が高く、照準のあわせやすい側射ファイバーも併せて開発することと
した。


Nd:YAGレーザーとHo:YAGレーザーの違い
1.連統波Nd:YAGレーザー
 波長が1.06μmと比較的短いため、組織(水中)で
の滅衰が少なく、組織中深くエネルギーが及ぷ(図
1)。したがって、レーザー照射の効果(組織の変性)は
大きいが、被膜穿孔などの危険があった。また、術
後、照射部位の腺腫の腫脹により、一過性の尿閉状
態を来たすことも問題点として指摘されている。

2.パルス波Ho:YAGレーザー

 パルス波であるため、レーザーが照射され変性を受
けた組織が、直ちに蒸散あるいは衝撃波の発生により
飛散してしまうため、変性部の確認が容易であるとい
う特徴がある。一方、波長が2.06μmと石英ファイバ
ーで伝達できる最大の波長であるため、組織(水中)
での減衰が大きく、組織への深達深度は低い(図1)。
その一方、被膜穿孔などの危険は少ない。また、照射
とともに、組織が除去されることから、術直後より排尿
状態の大幅な改善が期待される。


 図1 各種レーザーの組織深達深度
吸収度の低いほど、組織深達度が大きい。波
長が約2.5μmを越えるとフレキシブルな石英
ファイバーで伝達可能になる。 

側射フアイバーの開発
 上記のレーザーの導光系としては、石英ファイバー
が用いられているが、前立腺の手術においては、ファ
イバーと直交する方向にレーザービームを偏向させる
必要があり、一般に側射ファイバーが用いられている。
本研究では、ミラーあるいはプリズムを用いた市販の
側射ファイバーの欠点を補うため、耐久性が高く、さら
に照準のあわせやすい側射ファイバーを開発した。
 1.開発した側射ファイバーは、石英ファイバー先端
部を約45。にカットし、この部分を石英カブセルで覆
い、このカプセル内に窒素ガスを充撰した構造とした。
レーザー光は、45゜にカットされた端面で全反射して、
約85゜偏向される(図2a)。なお、石英ファイバーの
core径(ファイバーそのものの血径)は600μm、被覆
を含めた外径は1.4mmで、先端のカプセルの外径は
2.Ommである。

 2.レーザーの照射方向はガイド光により確認できる
ことになってはいるが、実際の内視鏡鏡下の使用で
は、尿道粘膜の状態(発赤、浮腫)によってはガイド光
が見えにくいことがしばしばあり、照射方向の確認の
ために多大な時間を浪費する。そこで、新たに開発し
たファイバーこは、特殊な印刷技術を用いて先端に3本
の線状のマー力一を付けた。レーザーの照射方向とマ
ーカーの色との関係は図2のようになっている。すなわ
ち、内視鏡的に黄色のラインが見えたらレーザーの照
射方向は6時方向、赤色のラインが見えたら9時方向、
青色のラインが見えたら3時方向にレーザービームが
出ていることになる(図2b)。このガイドラインにより照
射方向の確認を容易とし、手術時間を短縮することをも
くろんだ。

図2 開発した側射ファィバー
a:45゜にカットされた端面での全反射により、
レーザービームはほぼ直角(85゜)に向きを変
える。
b:3色マーカーにより、レーザービームの照射
方向の同定が容易となる。 

超音波パワードプラ法による前立腺内の血流状態の検討
 前立腺内の血流の状態を観察する目的で、超音波ビームと直交した血流も捉えることのできるパワードブラ
法(カラードプラエナジー法)を術前に施行して、前立腺内の血流を予め把握することに務めた。
 正常前立腺では、前立腺内血流の検出率はそれほど高くはない(図3a)が、肥大症では腺腫(いわゆる内
腺、transition zone)内部あるいは尿道周囲の血流が著しく増加していた(図3b)。これら腺腫内の動脈の走
行は、主として腺腫の前後方向に走行していることが多く、上下方向に走行することは少なかった。また、尿
道周囲の静脈は、やはり前後に走行するが、複雑なネットワークを形成している。ちなみに前立腺炎では、辺
縁部(いわゆる外腺、peripheral zone)での血流が増加している例が多かった(図3c)。


図3 前立腺内部の血流映像
a:いわゆる内腺(transition zone)に、わずかに流血映像が得られる。
b:腫大した内腺(腺腫)および尿道周囲に豊富な流血映像が得られる。
c:前立腺炎では、炎症の部位に一致して豊富な流血映像が得られる(矢印は、いわゆる外腺、peripheral 
zoneでの流血映像)。


1)対象症例
 Ho:YAGレーザーによる治療は、20例に対して行った。年齢は55〜89歳(平均66.2歳±9.1)で、前立腺
推定重量は19〜86g(平均39.5±19.6g)であった。
 比較検討のため、Nd:YAGレーザーによる治療を行った20例の年齢は59〜88歳(平均73.4歳±8.5)、前
立腺推定重量は22〜103g(平均43.7±27.5g)であった。両群の間には、年齢、推定重量ともに有意の差
はない。



2)レーザーによる照射の実際

(1)まず、前立腺部尿道をよく観察し、照射のプランを立てた。このとき、膀胱内の観察を行い、腫瘍の存在を
否定すると共に、左有の尿管口の位置も確認しておいた。
(2)レーザー照射に用いるレンズは、視野方向がO〜5゜のものを用いた。これは、視野方向が浅いレンズの方
が、尿道全体を同時に観察できるのでレーザー照射には好都合だからである。

(3)まず、尿道周囲の血管(静脈が主)にたいし、レーザープローブを血管から少し離して、レーザーのスポット
径が大きくなるようにし、血管の周囲から照射(defocus照射)していき、血管の熱変性による萎縮・閉塞を起
こさせ、出血が起きにくいようにした。

(4)右側の腺腫を、腺腫の大きさ、およびパワードプラ法で得られた腺腫内の血管の走行に応じて、2点(8時、
1O時)または3点(8時、9時、10時)で、ブローブを腺腫に接触させながら線状に照射し(図4a)、予めパワード
ブラ法で検知された腺腫内の動脈を焼灼するようにした。照射は、ブローブを膀胱側から精阜側に引き抜きな
がら行った。このとき、前立腺の低部(膀胱に近い側と尖部(精阜に近い方)は浅めに、中央部は深めに照射
した(図4b)。照射の深さは、プローブを引いてくるスピードによってコントロールした。すなわち、ゆっくり引き抜
いた場合には照射深度は深くなり、速く引き抜いた場含には照射深度は浅くなる。膀胱頚部約5mmの範囲
は、膀胱頚部硬化症の発生を防ぐため照射しないようにした。手前側(精阜の近く)では、外括約筋を損傷し
ないよう注意した。また、凝固の幅が広くなるようプローブに微妙なローリングを加えつつ引き抜き照射を行っ
た。照射の方向と深さについては、後で穿孔を起こさぬよう十分注意した。


図4 レーザー照射の方法
a:Ho:YAGレーザーでは、ファイバー(カブセルの部分)を腺腫に密着させて、膀胱頚部から精阜の方向に引
き抜きながら照射した。照射深度は、ファイバーの移動速度で調節した。
b:膀胱頚部と精阜の位置では浅めに照射し、前立腺部尿道中央部では深く照射した。腺腫内の血管は、前
後方向に走行していることが多く、ランニング照射で大きな影響を受ける(寸断される)。


(5)左葉の腺腫についても、同様に照射を行った。
(6)精阜の両側面を軽く照射して、チャンネル・フォーメーションを確実なものとした。ただし、前立腺後面は他
の部分に比べて薄いので、照射方向は心持ち外側(精阜の右なら8時方向、左なら4時方向とした。)

(7)出血にたいしては、出血点そのものを照射するよりも、出血点の前後、上下で、レーザプローブを出血点か
ら少し離して、defocus照射すると容易に止血できた。

(8)照射レーザーの総量は、Nd:YAGレーザー群で49.765±19.525Joule,Ho:YAGレーザー群で20.769±
9.512Jouleであり、Ho:YAGレーザー群の方が有意に少なかった(P<O.OO1)。 



3)臨床成績

(1)自覚症状の改善:自覚症状チェック項目をスコア化したIPSS(スコアの高いほど症状が強い)は、Nd:YAG
レーザー群で、術前21.5±10.6、術後1週(3〜10日後)23.6±14.7、術後3ヵ月5.2±2.2,Ho:YAGレー
ザー群で、術前19.8±6.9、術後1週問8.2±5.8、術後3ヵ月6.2±1.8と、いずれも術後3ヵ月では著明に
改善した。しかし、術後1週(3〜10日後)では、Nd:YAGレーザー群はやや悪化しており、Ho:YAGレーザー
は、最終成績に近い良好な値を示しており、両群で大きく異なっていた。

(2)他覚所見の改善:尿流量検査(Q−Max)では、Nd:YAGレーザー群では、術前9.6±4.8m1/secであっ
たものが、術後1週間(3〜10日後)で7.2±7.4ml/secといったん悪化したが、最終的に術後3ヵ月では16.
3±6.9m1/secと著明に改善した。一方、Ho:YAGレーザー群では、術前8.7±6.4m1/sec、術後1週(3
〜10日後)16.6±6.4m1/sec、術後3ヵ月19.4±10.3ml/secと、術直後より著明な改善が見られた。
Nd:YAGレーザー群の術前・術後3ヵ月、Ho:YAGレーザー群の術前・術後1週(3〜10日後)の測定値には、
いずれも有意の差があった(P<O.05)。また、術後1週後のNd:YAGレーザー群とHo:YAGレーザー群との
測定値の間にも有意差が認められた(P<O.001、図5)。



図5 最大尿流量(Q−max)の推移
Ho:YAGレーザーでは、術後早期に改善したが、Nd:YAGレーザー群では、術後1週(3−1O日)で、いったん
悪化した。

考察
 前立腺肥大症は、前立腺の尿道周囲腺が加齢とともに腫大し、尿道を圧迫するため、排尿障害を引き起こ
すに至った病態をいう。前立腺肥大症の冶療としては、薬物療法が第一選択である。しかし、薬物療法が奏
功しない場含には、手術療法が必要となる。
 手術療法としては、近年開腹手術に代わって、高周波電流を用いる内視鏡的前立腺切除療法が広く普及し
ている。しかし、この方法では、高周波電流を用いる都合上、潅流液に電解質を調含することができない。そ
のため、血中Na濃度の低下によるTUR症候群の発生が問題となっており、重度の合併症を有する患者には
施行できないという欠点があった。

 このような隘路を解決する目的で、レーザー照射による前立腺手術が試みはじめられている。しかし、一般
に用いられている連続波Nd:YAGレーザーは、レーザーの波長が1.06μmと比較的短いため、組織(水中)
での減衰が少なく組織に深くエネルギーが及んでしまうこと、さらに術中に組織が蒸散し欠損した部分と術後
日時を経て壊死脱落する部分のギャッブが大きいため、前立腺被膜の穿孔などの危険があった。また、照射
部の変性した腺腫組織が術後に腫脹して、一過性の尿閉状態を来たすことも問題点として指摘されている。

 そこで、本研究では、連続波Nd:YAGレーザーに伴う問題点を解決する目的で、パルス波Ho:YAGレーザー
を応用する事を考えた。また、レーザーの伝達系としては石英ファイバーが用いられているが、前立腺の予術
においてはファイバーと直交する方向にレーザービームを偏向させる必要があり、一般に側射ファイバーが用
いられている。側射ファイバーの形態としては、金を蒸着した金属ミラーで偏向させるもの、プリズムを用いて
偏向させるものが一般に用いられている。しかし、前者では耐久性に問題があり、後者ではレーザービーム
の照射方向がわかりにくいという欠点があった。そこで、本研究では、耐久性が高く、さらに照準のあわせや
すい側射ファイバーを、新たに開発した。

 また、前立腺内の血流の状態を観察し、これらの血管を計画的に凝固・閉塞させ、治療効果を確実なものと
するため、超音波ビームと直交した血流も捉えることのできる超音波カラードプラエナジー法(パワードプラ法)
を術前に施行して、前立腺内の血流を予め把握したのちに、レーザー照射を行った。

 レーザーの照射法には、スポット照射(いくつかの部位を点状に照射する)、ランニング照射(前立腺腺腫の
いくつかの部分を線状に照射する)、ペイント照射(前立腺全体をくまなく照射する)があるが、今回は術前の
カラードプラエナジー法による血管走行に関する情報を最大限に生かす(太い血管を凝固・閉塞させる)目的
で、主としてランニング照射で治療を行った。

 レーザーの照射には、新たに開発したマー力一付きのファイバーを使用したため、照射方向の確認が容易
で、照射までの準備時間の大幅な短縮が行えた。また、石英カプセルが融着されているので、Nd:YAGレー
ザー照射時の炭化した組織の付着が少なく、かつ付着しても簡単に取り去ることが可能であった。Ho:YAGレ
ーザーは、平均出力はNd:YAGレーザーと同等でも、ピークの出力はNd:YAGレーザーにくらべはるかに大き
くなるので、側射ファイバーにかかる負担は著しく大きくなる。市販の側射ファイバーでは、Ho:YAGレーザー
治療に必要なエネルギーに耐えうるものはなく、Ho:YAGレーザーを用いた尿路狭窄の治療などには、ファイ
バーからまっすぐレーザー光のでるむき出しのファイバー(bare fiber)が用いられている。しかし、新たに開発
したファイバーは、偏向法としてミラーやブリズムではなく、端面での全反射を利用しているので、Ho:YAGレ
ーザーによる前立腺肥大症治療においても耐久性は十分なものであった。

 治療結果としては、3ヵ月後の最終成績でみれば、Nd:YAGレーザー群もHo:YAGレーザー群も一ぽぽ同等
の成績でいづれも満足のいくものであった。しかし、術直後の排尿状態の改善度はHo:YAGレーザー群の方
がはるかに良好な成績を示して一いた。したがって、カテーテルの抜去後ゆるやかに効果が出てくるNd:YAG
レーザー群の患者に比べ、退院時にほぼ最大効果に近い排尿状態となっているHo:YAGレーザー群の患者
の満足度は大きく異なっていた。

おわりに
 Ho:YAGレーザーとカラードプラエナジー法、さらにカプセル付き側射ファイバーを用いた前立腺肥大症の安
全確実な治療システムを開発した。今後は、外来治療法としても活用できるシステムへと発展させることを考
えている。
稿を終えるにあたり、本研究の遂行に多大なご教示を賜った、東北公済病院森昌造院長ならびに宮城野病院
山田明之院長に深謝する。

文献

1) 棚橋善克:尿管内走査式超音波映像法と前立腺内血流同時2断面映像法. Innervision、6(13);22−
25.1991.

2) 棚橋善克:泌尿器科領域におけるカラードブラ法の応用・腎(腫瘤).泌尿器外科、7;231−242.1994.

3) 棚橋善克:腎泌尿器科疾患における超音波ドプラ法.Annual Review 腎臓1995(長沢俊彦・他編).pp.
63−71、中外医学社、東京、1995.