生体組織に Ho:YAGレーザーの波長2.1μmの赤外光を照射すると、光は組織中の水に吸収されて熱化し、
組織の熱的な蒸散が起こる。この原理は基本的に Nd : YAG レーザーや CO2レーザーの生体作用と同じで
ある。Ho : YAG レーザーの生体組織(水)での光吸収係数は〜20cm-1(光侵達長〜0.5mm)で、Nd : YAGレ
ーザーと CO2レーザーの中間であり、非接触連続照射では鋭利な切開は生じない1)。ただし、Ho : YAGレー
ザーはパルスレーザーであるので、上記の連続レーザーとは違った特徴のある生体作用を示す。
パルス Ho : YAG レーザーを含水物質に接触照射すると図2に示すような大きな水蒸気気泡が生じる。最大
の寸法は横方向の直径約3mm、縦方向の直径約4mmで、300μs程度で消滅するから肉眼では観察できな
い。図2は水中で高速の時間分解撮影装置を用いて撮影した写真である。大きい気泡の発生は、切開用レー
ザーとしては生体組織に対して比較的吸収係数の小さい(光侵達長の長い) Ho : YAG レーザーの特徴であ
る。Er : YAG レーザー(波長2.94μm)や XeCl エキシマーレーザー(波長308nm)でも同様の気泡ができるの
であるが、光侵達長が Ho : YAG レーザー光より短く、気化する(含水)組織体積が小さいので、発生した気
泡は小さい。 Ho : YAG レーザーの接触照射の場合、気泡発生によって周囲組織にかかる張力は、CO2レー
ザーメスの切開において助手が切開創に張力をかける操作に相当し、切開速度(生体組織の消滅を必ずしも
伴わない)を増加させる作用がある。この反面、あまりにも大きい気泡の発生は周囲組織に過大な張力を与
え、周囲組織断裂(照射方向の側方)の副作用が発生する恐れがある2)。したがって、接触照射による Ho :
YAG レーザー蒸散では過大な気泡発生を起こさないように照射フルエンスを適正化することが重要である。
図3に適正な照射フルエンスで接触蒸散を行った血管壁断面の組織写真を示した。 CO2レーザーやエキシ
マレーザーのような鋭利さはないが、炭化物や周囲組織の熱損傷層も少なく、蒸散用レーザーとして使用で
きることがわかる。著者らの動脈血管壁における基礎実験結果では、蒸散閾値は約100J/cm2、周囲組織断
裂の発生閾値は400J/cm2であり、適正な照射フルエンスは200〜400J/cm2となることがわかった3)。このフ
ルエンスは XeCl エキシマレーザーで使用している照射フルエンスの40〜80倍で、かなり大きい。胃壁に粘
膜面より照射した場合は、粘膜層や筋創は血管壁と同じく100J/cm2付近に蒸散閾値があったが、もっとも強
靭な粘膜筋板を効率よく蒸散するには、400〜500J/cm2の照射フルエンスが必要であった4)。このように、組
織の抗張力(tensil strength, 破断の強度)の違いが原因で、適正な照射フルエンスは組織ごとに異なってい
る。気泡の生成は Ho : YAG レーザーの照射条件に依存するが、その消滅は周囲組織の機械的物性に関係
している。著者らは気泡の消滅時間を経ファイバー的に計測することで、蒸散中の生体組織判別を行う方法を
考案し、検討を進めている5)。
Ho : YAG レーザーは生体に接触照射しても、組織片が水蒸気気泡により飛ばされて先端に付着しにくく、
接触端子の焦げ付きが発生しにくい利点がある6)。経カテーテル的な運用や、各種内視鏡下の治療ではほと
んどの場合、接触照射を行うことになるが、接触端子への生体組織の焦げ付きは従来の連続発振のレーザ
ーでは完全に防ぐことは難しく、問題点のひとつであった。さらに、Ho : YAGレーザーは、軟組織ばかりでなく
硬組織の治療にも利用できる特徴がある。これは、硬組織にも数十%の水が含まれておりこの水が組織中で
水蒸気気泡となって組織の断裂を起こすためである。対象は石灰化動脈硬化や軟骨などで、とくに整形外科
用の治療器として注目されている。ただし、結石破砕(尿路結石、胆嚢結石)や大きい骨の切断に用いるには
やや破砕能が小さいようである。
凝固を行う場合は蒸散閾値付近の照射フルエンスでなるべく早い繰返し周波数を用いる。Ho : YAG レーザ
ーの場合、照射パワーが20W程度なのであまり強力な止血能は望めないが、CO2レーザーにはない、照射野
の血液の排除(はね飛ばす)効果があり、局面によってはかなり有効な凝固止血を行える可能性もある。
Ho : YAG レーザーよりも精密な蒸散を行うために、発振波長がわずかに短い Tm : YAG レーザーも提案さ
れており、注目されている。
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