T. IEE Japan, Vol.114-C, No.5 '94 pp.522-528
生体におけるレーザ利用
III. 赤外レーザ照射による生体軟組織の蒸散機構
荒井 恒憲
防衛医科大学校 医用電子工学講座
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Laser Application for Biomaterials.
III. A Review of Ablation Mechanism for Biological Soff-Tissue by Infrared Lasers.
By Tsunenori Arai (National Defence Medical College)
キーワード: レーザ蒸散、赤外レーザ、生体切開、レーザ治療、レーザ加工 |
レーザ治療は生体組織を対象とした一種のレーザ加工と考えられる。治療の主目的は病変部の除去であり、
体表面より病変部にアプローチするために健常組織の切開が必要となる。病変部は渡来通り病変部と健常
部境界の健常部側を切開して切離するほか、レーザ蒸散を積極的に使用して病変部全体を消滅させる治療
も行われる。病変部のレーザ蒸散除去は、脳腫瘍除去、消化管癌性狭窄の除去など、周囲組織を保存的に
治療したい場合行われる。
赤外領域では小型・大出力のレーザ装置が容易に得られ、また生体組織は赤外領域で吸収特性が波長に
より大幅に変化し、凝固・止血から切開にいたる幅広い機能を発揮できることなどから、盛んに医療機器が開
発されてきた。医療応用では術者の微妙な治療操作に対応するために光伝送路の操作性に対する要求が厳
しく、かつ内視鏡を使用した新しい低侵襲の治療に対応するために光伝送路を細くする必要もある。これらの
観点から光伝送路に光ファイバを使用する必然性があり、細経ファイバとの効率良い結合が実現できるレーザ
光源を使用する意味がある。赤外領域では石英系ガラスファイバで波長2μmまでの医用伝送が可能であ
る。これ以上の波長では種々の赤外ファイバが開発されてきたが(1)、石英系ガラスファイバの性能を凌駕する
伝送路はなく、この意味で波長2μmまでのレーザを使用した生体蒸散は重要であるといえる。
これらファイバ伝送やレーザ装置にかかわる議論は他書に譲り(2)、本論文では赤外レーザを用いた生体軟
組織の蒸散機構に関して、現象が簡単なパルスレーザの蒸散を中心に解説する。連続レーザ蒸散はパルス
蒸散の議論の延長上にあり適宜追加して記述することにした。また簡単のため、レーザ蒸散をビーム固定の
レーザ孔開けとして取り扱う。波長範囲は半導体レーザの約800nmからCO2レーザの10.6μmの間とした。
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2.1 生体組織と高分子膜の比較
生体軟組織(軟骨、骨、石灰化病変を除く生体組織、以下単に生体組織と呼ぶ)は、60〜70重量%が水で
構成され、生体組織の物性値に与える影響は大きい。細胞はリン脂質二重層の形質膜で覆われており、細
胞質には核、ミトコンドリア、ゴルジ体などの細胞内小器官が存在しているしばしばレーザ加工の対象となる
高分子膜と生体組織の主な相違点は、
(1) 主成分が水のため沸点が100℃と低い。
(2) 70℃以上では細胞を構成する蛋白質が不可逆的な凝固変性を起こし細胞は壊死する。
(3) 65〜45℃の温度では細胞の機能障害(多くは可逆的)が発生する。
(4) 破断応力が低い。
などである。
破断応力に関しては、例えばポリカーボネートが61.8〜72.6N/mm2、ポリアミド(ナイロン66)が81.4N/mm2
なのに対して、皮膚が10N/mm2、血管(大動脈)が2N/mm2、心筋が0.04N/mm2と1〜3桁も小さい(3)。した
がって、生体組織が機械的剥離を起こす蒸散過程が生じたり、質量変化を伴わない生体組織の断裂によって
切開が進行する効果も観察される。
2.2 生体組織の赤外領域の光吸収
筋肉などの生体軟組織の赤外吸収特性は、水、蛋白質(アミノ酸)、ヘモグロビンの吸収によって表わすこと
ができる。水の吸収スペクトルを図1に示す(4)。水は強い水素結合によって吸収係数の大きい連続スペクトル
を示す。近赤外領域(本論文では0.75〜1.5μmとする。)を除いて、赤外領域では生体組織の吸収は水の吸
収に含水率(60〜70%)を乗じて概算することができる。蛋白質はアミド結合の強い吸収が6.1および6.5μm
帯に見られ、それぞれアミドI、アミドII吸収帯と呼ばれる。赤血球重量の約30%はヘモグロビンである。図2に
酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンのモル吸光係数スペクトルを示す(4)。可視領域から近赤外領域
では水に比べて大きい吸収を示すので、この光領域の吸収は組織の含血量とヘモグロビンの酸素化度に大
きく影響される。
病変部位はその成因により周囲正常組織と異なる物質が集積する場合があり、光吸収スペクトルに差異が
認められる。例えば、血管のアテローム硬化部分には、沈着したコレステロールエステルのエステル内の二
重結合の吸収ピークが5.75μmに認められる(5)。長波長化したCO レーザーをこの波長に選択すれば、病変
部選択性のある動脈硬化治療に発展させることができる。波長選択による選択性蒸散の一例をあげると、可
視領域であるがアテローム硬化に沈着するカロチンの特異吸収(488nm)を用いて、正常血管の2倍の蒸散速
度を得たことが報告されている(6)。
2.3 生体組織の光侵達長
光侵達長δは吸収係数をμa〔cm-1〕、散乱係数をμs〔cm-1〕とするとき、μa<μsでは、
δ={3μa(μa+μs)}-1/2・・・・・・・・・・・・(1)
と書ける(7)。コラーゲン繊維などの規則的構造により、散乱に対する異方性がある組織では、μsの代わりに
μs(1-g)、(gは異方性パラメータ)とおく。近赤外領域(0.75〜1.5μm)ではμa<μsとなる。一例をあげれ
ば、Nd : YAG(波長1.06μm)レーザと、半導体レーザ(波長805nm)の肝臓における吸収係数はそれぞれ、0.
58cm-1、2.0cm-1、散乱係数は7.7cm-1、8.9cm-1であり、光侵達長δは、それぞれ2.6mm、1.2mmである
(8)。波長が1.5μm以上の領域では生体組織の吸収係数は大きく、逆に散乱係数は小さくなるので、μa>μ
sとなり、
δ=1/μa・・・・・・・・・・・・(2)
と書ける。δが小さい波長は一般に切開や蒸散治療に適しており、δが大きい波長は凝固・止血治療に適し
ている。
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3.1 光の熱化による蒸散(photothermal abration と spallation)
赤外レーザーによる生体組織の蒸散は、吸収過程によって物質内に取り込まれた光エネルギーが熱化し
組織温度が上昇して生じる蒸散過程である。この機構は図3に示すように二つに分けることができる。図3右
側に示したのは沸騰による photothermal ablation である。生体組織の温度が水の沸点を維持すると、水の
気化によって細胞間に存在する間質液が消滅するとともに、細胞内水分の急激な膨張によって形質膜が破
壊され、細胞質が飛散して細胞は消滅する。この結果、生体組織が蒸散除去される。照射面からは、水蒸気
と熱凝固した細胞内蛋白質や形質膜の断片〔蒸散飛散物(debris)と総称する〕が噴出し、煙霧(plume)を形成
する。パルスレーザによる蒸散や連続レーザによる蒸散の大部分がこの機構による。
図3左側に示したのは、spallation(剥離)であり、光の熱化を発端に起こる photo-mechanical ablation の
一種である。短いパルス幅(<100ns)のパルスレーザを照射した場合、発生した膨張波の負圧力により組織
が剥離して、除去される。spallationが起こる条件は負圧力が組織の引っ張り破断の条件(Psp)を越えることで
ある(9)。 前述のように生体組織は引っ張り破断強度が低いので、この機構も重要になる。 photo-
mechanical ablation には、レーザによる結石破砕機構のように、レーザ誘起プラズマで発生した衝撃波が物
体(結石)内で反射してできる負圧力での物質破壊も含むが(10)、本稿ではプラズマ発生を伴わない
spallation についてのみ解説する。
可視から赤外レーザの蒸散機構は光の熱化を伴った蒸散(photothermal ablation または spallation)であ
る。また当初 photo-chemical ablation の寄与が大きいと考えられていた紫外域のエキシマレーザ蒸散で
も、 XeCl、 KrF レーザを用いた蒸散では熱化を伴った蒸散が支配的な機構であることが明らかになってきた
(11)〜(12)。
3.2 沸騰を伴う熱蒸散 (photothermal ablation)
図4にパルスレーザの照射フルエンスを変化させた場合の単発照射による蒸散量の変化を図示した。沸騰
による蒸散では光侵達長δの範囲内の水の沸点維持に必要なエネルギーが照射されないと蒸散が起こらな
い。生体を37℃の水とすると、沸点まで加熱する熱量と気化熱の和は1cm3あたり約2.5kJとなるから、沸騰に
よる蒸散しきい値フルエンス(Fth、〔J/cm3〕)は以下のように書ける(13)。
Fth≒2.5×103δ ・・・・・・・・・・・・(3)
μa>μsのとき、表面での照射フルエンスF0として生体組織内でF>Fthを満たす部分がすべて沸騰し除去さ
れると考えると、パルスあたりの蒸散深さEd以下のように書ける。
Ed=1/μaln(F0/Fth) ・・・・・・・・・・・・(4)
このモデルを Beer's law blow-off model と呼び、破断強度の高い皮膚などの組織では実験結果とよく一致
する(14)。光は実効的に光侵達長までしか到達しないから、この原理による photothermal ablation では1発
あたりの蒸散量は光侵達長が限界である。実際にはFth以下のフルエンスでも蒸散は生じており、この原因
は沸騰によらない脱水、すなわち後述の spallation であると考えられる(15)。高いフルエンスにおいてはプラ
ズマ発生により照射面に光が到達せず蒸散量が飽和する現象が起こることがある(14)。また破断強度の低
い組織ではかなり低いフルエンスより Beer's law blow-off model と一致せず、機械的な剥離でδより大きい
蒸散量が観測されたりする(3)。これは、後述する spallation と同様の現象であると考えられる。
治療に最適な照射フルエンスは蒸散速度と後述する周囲組織損傷によって決まり、一般に蒸散しきい値の
2倍から10倍の間を利用することが多い。パルスレーザ蒸散の場合、繰返し周波数を一定にして、適正な照
射フルエンスを用いれば、生体組織の光侵達長が短いほど単位時間の蒸散量が減少することになる。一方、
光侵達長が短いほど周囲組織損傷厚みが薄い(最小でδ程度)精密な蒸散に適している。
連続レーザ蒸散では、光侵達長が短いほど切開能力が高くなる。連続レーザ蒸散では、パルスレーザ蒸散
に比べて光強度が非常に低い条件で照射している。例をあげれば、パルス幅2μsの TEACO2レーザの皮膚
に対するFthは4.5J/cm2であり、照射中の光強度は2.25×106Wである(3)。これに対して、連続CO2レーザ
では光強度 10〜10kW/cm2で使用しており、パルス蒸散しきい値の1/225〜1/22.5の光強度である。このよ
うに熱入力速度が小さいので熱伝導で周囲に温度分布が形成され、照射部分からの熱伝導速度が小さくな
ってから蒸散が始まる。以上のように光強度がパルス蒸散の適正値により著しく小さく、照射部分の温度が
周囲への熱伝導に大きく影響を受ける照射条件では、光侵達長が短い方が照射面の温度を効率よく高くでき
る。この程度の光強度では照射光強度を増すと単調に蒸散効率が上昇する。この結果、繰り返しパルスレー
ザ照射の蒸散量と光侵達長の関係と逆の傾向が出現するわけである。連続レーザの蒸散速度は非定常熱
伝導問題を正確に扱わないと、実験結果を説明できない。
3.3 photothermal ablation による周囲熱損傷と照射パラメータの選択法
一般にレーザ照射組織周囲の熱損傷の原因は、光の直接侵達または熱伝導によって生じている。熱伝導
に関しては非定常熱伝導問題となり解析的に解けないので議論を簡単に行うため、一般に組織の熱緩和定
数(τ)を導入する。古典的には薄い円盤状のレーザ加熱領域(δ<<D、Dは照射ビーム径)の場合、以下の
ように書ける(16)。
τ=δ2/Mκ ・・・・・・・・・・・・(5)
ここで、κは熱伝導率であり、通常水の値κ=1.3×10-3cm2/s を用いる。また、M は無次元の形状係数で
あり、上記の場合 M=4 である。δ≧D の場合は発熱部分が円筒状になるので、より大きいMを与えたり、τ
を照射方向と径方向への熱伝導に分解した式を用いる(7)。照射するパルスのパルス幅ωがτよりも十分に
短く、かつ繰り返しパルス照射の場合インターバルがτよりも十分長いとき、発生した熱は十分に散逸し、こ
の結果、熱損傷層は光侵達長と等しくなる〔(図5(a)〕。このような状態では同じ部位にレーザ照射を継続して
行っても、周囲熱損傷が広がっていく心配はない(17)。パルスレーザで適正な蒸散パラメータを選択した場合
は、同じ照射部へ照射を続けても周囲損傷は広がらず、治療の手技が簡単になる利点がある。ωがτと同オ
ーダとなると、熱損傷層は熱伝導に支配されるので、パルス照射を行っても連続レーザ蒸散と同じように、全
体の照射時間のおよそ平方根に比例して、熱損傷層が照射時間とともに厚くなっていく〔図5(b)〕。
パルスレーザを使用した蒸散では、パルス幅、繰り返し周波数の選択が適切でないと、熱損傷が光侵達長
程度に抑えられるというパルスレーザ蒸散の利点が得られない場合がある。そこで、代表的な赤外レーザに
ついてこの条件を検討してみよう。図6にパルス幅と繰り返し周波数のグラフにパルス幅、繰り返し周波数を
それぞれ、τ、1/τとした場合の直線を記入した。また矩形プロットで代表的なパルスレーザの生体光侵達
長より算出したτを記入した。矩形プロットの左下領域にパルス幅と繰り返し数を設定すれば概ね良好な蒸
散となる(17)(18)。同図に現在臨床に使用されている各レーザの実際の照射条件を楕円領域で示した。現状
のHo : YAG レーザ蒸散の照射条件は繰り返し周波数が大きすぎるのがわかる。Er ; YAG レーザでは現状
のパルス幅(フリーランニングモードで200μs程度)は、パルス蒸散の条件を逸脱しており同じ波長の連続レ
ーザの蒸散に似た状態となっていることがわかる。現在のフリーランニングモードのEr : YAGレーザでもかなり
精密な蒸散が得られているのだが、照射時間(パルス照射を繰り返している期間)が長くなると周囲熱損傷
が広がっていく(19)。パルス幅を1μs程度にして、繰り返し周波数を高くすると、理想的なパルス蒸散を行え
る。
連続レーザ蒸散においては照射時間が長くなると、熱伝導によって周囲組織の熱損傷層が増大していく。
連続レーザ蒸散では、前述のように照射強度が大きい方が組織の蒸散消滅の速度が増加する。すなわち、
なるべく高い照射強度(多くは装置の制約で決まる)で短時間照射して治療に必要な蒸散量を得るようにす
れば、周囲組織損傷が最小となる。このように連続レーザは一つの照射野への照射時間を短くするように常
に意識して用いる必要がある。
周囲熱凝固層は薄い方が損傷治癒の観点からは良好であるが、蒸散面に小血管断面が露出する場合は
出血が止まらない、そこで、脳、肝臓、舌など血管網が発達している組織の切開には熱凝固層を厚くするよう
にする必要がある。
3.4 組織剥離による蒸散
パルスレーザを半透明物質に照射すると、光吸収による発熱で物質が膨張し、物質内部に圧力が生じる。
レーザのパルス幅tpが、vを音速とするとき
tp<δ/v ・・・・・・・・・・・・(6)
なる条件のとき、圧力Pは以下の式で示せる(20)。
P=(βv2/cp)μaFe-z/δ ・・・・・・・・・・・・(7)
ただし、βは体積膨張係数、Cp は定圧比熱、F は照射フルエンス、z は深さ方向の座標(表面はz=0)であ
る。これによってできた圧縮波は内部へ進行する波と表面へ進行する波にわかれ、後者は空気との境界面で
反射して物質内部へ進行する膨張波となる。圧縮波と膨張波は組み合わさってN字型の圧力波を形成し、物
質内部に進行する(9)(15)。この様子を図7に示した。圧縮波の波高Pc、膨張波の波高Prは以下のように書け
る。
|Pc|=|Pr|=(βv2/2cp)μaF ・・・・・・・・・・・・(8)
種々の蒸散蒸散状態における、Pc、Prと照射フルエンスとの関係を図8に示した(20)。物質の機械的強度が
大きければ、(8)式から明らかなように照射フルエンスに比例して波高が増す〔図8の線(1)〕(20)。前述のよう
に生体組織は引っ張り強度が低く、膨張波の波高が破断強度を越えると、その部分は引き剥がれていく。こ
の様子を図8の線(2)に示した。これがspallation(組織剥離)である。レーザ照射によって表面に沸騰が起こる
と、表面から水蒸気や蒸散飛散物が飛び出して、その反力で反射波は膨張波から圧縮波に変わる。この結
果、沸騰による蒸散しきい値よりも十分に大きい照射フルエンスの場合、膨張波が小さくなって圧縮波のみの
波形になる〔図8の線(3)〕(22)。散乱が吸収に比べて小さいときは、
tp<1/μav ・・・・・・・・・・・・(9)
と書けるので、v=1.5×105cm/sとすると、μa=100cm-1(ほぼTm : YAG レーザや紫外の XeCl レーザの吸
収に相当)ではtp<66nsとなる。この条件はQスイッチを掛けた固体レーザやエキシマレーザなどns級のパル
スで満たされる。tp>μavでは波が形成される効率が下がり、波高は小さくなるとともに、波高が照射光強度
に比例するようになる(20)。フリーランニングモードの固体レーザやTEACO2レーザなどでは、tp>1/μavの条
件での照射となっている。
実際の蒸散では、沸騰による熱蒸散が起こる照射フルエンスを使用していることと、多くの場合パルス幅が
tp>1/μav となっていることから、spallation は蒸散機構の一部の寄与に留まる。しかし、色素溶液表面にレ
ーザ照射し、蒸散表面の速い写真撮影を行なうと沸騰による物質の飛散の直前に僅かであるが剥離による
物質の飛散が観測される(15)。またCO2レーザに対してほぼ同じ吸収係数を持つ、皮膚、肝臓、血管などの
TEACO2レーザに対する蒸散能率は破断強度の低い順になることが報告されている(3)。すなわち、破断強度
の低い生体組織の場合はphotothermal ablation と spallation が混在するような状態になっていると思われ
る。
spallation のみによる効率よい蒸散を得るには短パルスが必要であるが、光侵達長よりも1パルスあたりの
蒸散深さを大きくすることができ、photothermal ablation に比べて周囲熱損傷も小さくし得る。まだ理想的な
spallation による蒸散は医療に適応されていないが、短いパルス幅で高繰り返しが可能な性能を持つレーザ
装置の医療応用として今後検討されよう(23)。
3.5 衝撃波の発生
強く、変化の速い(周波数の高い)圧力波が物質を伝播すると、非線型効果で圧力が高い方が音速が速く
なり、ある距離を伝播すると圧力波の波高が増強されて衝撃波となる。衝撃波の発生するのに必要な距離L
は、以下のように書ける(20)。
L=ρv3/2πepf ・・・・・・・・・・・・(10)
ここで、ρは密度、eは非線型音響パラメータ、Pは音圧、fは音波の周波数である。QスイッチEr : YAG レーザ
で角膜蒸散を行う場合、e=3.37(23)、p=100 bar、f=108Hzであると仮定すると、L=0.16mmとなり、角膜(厚み
約)0.5mm)内で衝撃波が発生する可能性が示唆される。生体組織は膨張よりは圧縮に強いものの、このよ
うな強度の大きい圧縮波は細胞の形態的、機能的破壊を引き起こす〔図5(c)〕(23)。また、境界面で反射すれ
ば膨張波となり容易に組織剥離を生ずる。
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4.1 Nd : YAG レーザの接触端子
Nd : YAG レーザは長い光侵達長をもつことから、凝固・止血用レーザとして普及したが、このレーザ装置で
は切開ができないのが欠点であった。1980年ごろに考案された Nd : YAG レーザ用のセラミック製接触端子
は、初めての接触照射による生体蒸散法である。図9にその原理を示した。内部反射による集光の効果、表
面付着炭化物による見かけの光侵達長の減少、押し付け圧力の付与などの結果として切開能を示す。この
中でも付着物の効果がもっとも大きい。すなわち、この方式は生体組織で光の熱化を行うのではなく、接触端
子表面で熱化を行う方式であるといえる。接触照射を繰り返すと切開能が変化したり、表面仕上げの滑らかな
接触端子ほど切開能が低い傾向が報告されている。最近ではサファイア端子表面に光吸収粒子をはじめから
コートする方式も用いられている。内視鏡下レーザ治療の進展とともに、内視鏡下や経カテーテル的にレーザ
照射を行う場合、非接触照射では体動により照射位置決めが不安定になることから、これらの治療では接触
照射が用いられる場合が多い。
4.2 精密切開・蒸散用レーザの水中接触照射
血管内でのレーザ治療検討の中で、血液ないしは生理食塩水中で精密切開・蒸散能の高いレーザ照射を
行う必要が生じた。これらのレーザ光は水中の光侵達長が短く、血液や生理食塩水にはほとんど透過しな
い。また、生体組織表面は平滑でなく、光照射端を組織表面に光侵達長よりも十分に小さい接触隙間に近づ
ける(「接触」させる)ことは不可能といってよい。CO2レーザではδ=19μmであるが、例えばこれより十分小
さい1μm程度の隙間での接触は実際には実現できない。したがって、実現できる程度の接触では光は生体
組織に直達しない。しかし、レーザ光を高強度で出射端から放射すると、出射端近傍に水蒸気気泡が形成さ
れ、生体組織に光照射を行うことができる(24)。パルスレーザでは水蒸気気泡が消滅する時間よりも早い繰り
返しで照射すれば、水蒸気でできた光経路が保持される(25)。この方式で、CO2、CO、XeCl、Ho : YAG レー
ザなどの血管内照射が行われている(26)。この状態を図10に示した。
水中接触照射でレーザ蒸散を続けていくと、ファイバ端は組織内に埋没していく。水中でパルスレーザの熱
蒸散を行うとファイバ端に水蒸気気泡が発生するが、このような状態での水蒸気気泡の発生は生体組織内に
張力を与える。水蒸気気泡は、Ho : YAGレーザで特に大きく、気泡による周囲組織の変形、気泡消滅時の圧
力波の発生によって周囲組織損傷の原因となる〔図5(d)〕。このためHo : YAG レーザ蒸散で特に詳細に調査
されているほか、Er : YAGレーザやXeClレーザでも気泡の挙動が調査されている(27)(28)。この状態を図11に
示した。
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最近、外科術の低侵襲化のために各種の内視鏡視野化で行う外科手術や、血管に挿入したカテーテルで行
う治療が急速に進歩しつつある(29)(30)。これらの治療における治療手段として、細径でフレキシブルなファイ
バ伝送路を利用できるレーザ治療器が盛んに用いられている。このような治療形態では、操作性や状況把
握、止血性が不十分で、鋭利な切開を安全に行えるような状況ではない。そこで、レーザ蒸散や凝固主体の
治療を行っている。また、装置面では従来より普及しているCO2、Nd : YAGレーザなどの連続レーザ治療器に
加えて、Ho : YAG レーザに代表されるパルスレーザ治療器が普及しつつある。さらに、治療の対象も病変部
のほかに、角膜形成による屈折率矯正術のように健常組織に極めて精度の高いレーザ蒸散を適用する応用
も出現している(31)。このようにレーザ治療は多様化しながら発展している。
レーザ蒸散機構のより一層の理解と、照射中の蒸散モニタが今後の精密なレーザ蒸散による治療の基礎
技術となっていくと思われる。
(平成6年4月5日受付) |
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