2011
ダ・カーポ ただ今、東奔西走

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「皆さん! 一年間ありがとう、来年もよろしく!」2011


月日の流れは本当に早いですね。
いつの間にか、今年も暮れようとしています。
歳を重ねてゆくと、ゆっくりと時間が過ぎてゆくと思ったら、時はサラサラと水のように流れてゆくんですね。
だからこそ、1日1日を大切に生きてゆかなければいけないということなのでしょう。
皆さん!
幸せで充実した時間を大切にしたいですね。茶道美術館ステージ
というより作りましょう! 
もっと人生を楽しみましょうね!

2011年もいろいろありました。
振り返ってみますと、やっぱり今年もダ・カーポを支えてくれたのはファンの皆さんでした。ファンクラブの皆さんも一緒に打上げ
11月の茶道美術館のコンサートには、遠く広島から2日かけて来てくれた方や、
東京、横浜、佐野から
バスを仕立てて大挙して来てくれた「ダ・カーポをきく会」の皆さん。
今年、船上コンサートで2回乗った豪華客船に、2回とも乗船してくれた皆さん。にっぽん丸のデッキにて
「ダ・カーポ物作り委員会」なるものを作って、
バッグやポーチのダ・カーポグッズを作ってくれたファンクラブの方々。
自分の奥さんや、姉さん夫婦の親戚関係から、
友達や知り合いをコンサートに誘ってくれるたくさんの皆さん。
いつも立ち上がって、大きな拍手と「ダ・カーポー!」と声をかけてくれる方・・・などなど。
ダ・カーポは幸せです。

6月の上高地音楽祭の帰りに乗ったジャンボタクシーのまだ40才前後の運転手さんが、上高地の運転手さんと
この歌は私の人生を救ってくれたと言って「野に咲く花のように」をフルコーラス歌ってくれました。
実に素直に爽やかに、この歌の持っている清廉な情感をちゃんと表現してくれていました。
自殺まで考えたという運転手さんの人生はここでは書けませんが、
自分たちが歌っている歌が自分の知らないところで、こんなにも人を励まし、大切にされていることを思うと、
全身に感動が走りました。
それは嬉しいというより、これまで、心のこもっていない歌は歌ってこなかったという自負が、
グラッと揺れたような気がしたものでした。石巻の男性と

毎年4月に行っている25回目を迎えた「ダ・カーポ春風コンサート」には、
被災地石巻から横浜まで、大変な思いをして来てくれた男性も。
この方は被災から一週間後に、
どの街も津波で流され、あの美しい東北の景色は消えてしまいました≠ニ事務所にメールをくれた方でした。
たまたまラジカセのスイッチを押したら、ダ・カーポのCDが入りっぱなしになっていたらしく、
「野に咲く花のように」が流れてきたそうです。
毎日泣いてばかりいましたが、何十回と聞くうちに、いつの間にか涙が止まってゆきました。三春町のステージ
ありがとうございました。≠ニ締めくくられていました。

3.11の大震災の後、ダ・カーポは支援コンサートを微力ながら各地で続けています。
岡山、鎌倉、板倉、古賀、甲府、上高地、大洗、青森。
そして原発から避難されてきた横浜の避難所にギターとフルートを持って出かけたり、先日は双葉郡葛尾村から甲府のステージ
ほとんどの方が避難されているという福島の三春町で歌ってきました。
被災地の皆さん!
日本国中の皆さんが応援していますよ。
日本全国、コンサートで各地へ行っているダ・カーポが言うんですから間違いありません。
これからも東北を見続けてゆきますよ。

来年はダ・カーポ、精力的に動きますよ! 
2月22日(ニャンニャンニャンの日って、何の日?)に新曲が出ます。
「ダ・カーポ〜もうすぐ40周年〜記念シングル」としてですが、いいなぁ、このフレーズ。
40周年に向けてはばたき続けます!っていう感じですね。
曲は、久しぶりに我が町横浜を歌った「恋する横浜」と
ウェディングソングとして、また全てのカップルの記念日の歌として作った「ふたりの記念日」。
2曲とも作詞は小林篁次さん、作曲は榊原政敏です。
両A面扱いで、2曲ともヒット性のあるいい曲ですよ(自分で言うのもなんですが・・・)。
是非皆様、発売されましたら何はともあれ聞いてくださいね。
2011年の関内ホールのステージ
そして4月22日(良い夫婦の日)には、
毎年恒例の「第26回ダ・カーポ春風コンサート」(関内ホール)があります。
前回、大好評だったコンサート終了後の「ファンクラブの集い」もやります。
場所は中華街。
楽しい集いにしたいですね。
是非お越しください。詳しくは「お知らせ」のページで。

どうぞ皆さん、来年こそいい年となりますように。
ダ・カーポと一緒に良い2012年にしましょう!

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今年もありがとうございました2011

2011年もあっという間に過ぎようとしていますが、今年も色々な出来事がありましたね。
皆さんにとってどんな1年でしたか? 
私はこの1年を振り返ってみると、今年は転換の年だったなあと思います。
3.11の大震災があったことで、当たり前の日常は奇跡の上に成り立っていることも思い知りました。
日本中がアナログの生活を見直そうとしたり、人や家族の絆を意識することが多くなりましたよね。
わたしも家族でステージに立っていて、今までよりも1回1回のステージを大切にしたいという想いが強くなりました。
来夢
家族の絆、そして音楽の絆も増えました!
クラシックユニット「来夢」の結成です。
イギリス館コンサートがきっかけで生まれたユニットですが、
その日は奇しくも3月10日、震災の前日でした。
震災の直後は、ニュースなどで悲惨な状況が報道されるたび、
こんなとき音楽の無力さに歯がゆい思いをしていました。
なにしろコンサートやイベントも自粛ばかりでしたから・・・。
でも徐々に元気や癒しが必要とされるようになってきて、いよいよ音楽の出番となったと思います。
楽器は歌のように言葉はありませんが、自分が発する音色やメロディに、
メッセージを込めることをより大切にしながら演奏していきたいと思っています。

ダ・カーポ&来夢のコンサートでは、来夢のコーナーの最後の曲には、復興元年の意味を込めて、ダ・カーポ
新しい年の幕開けにおなじみの「ラデツキー行進曲」を演奏しています。
「夢が来る」と書いて「来夢」。
来年も皆様にすてきな夢をお届けしたいと思います。
そして恒例のイギリス館コンサートでは、来年3月9日に来夢のメンバーでの出演も決まりました。
さらに!3月29日には佐野市文化会館大ホールで、榊原麻理子フルートコンサートがあります!
詳しいコンサート情報は「お知らせ」のページを御覧ください。

来年も皆さんに明るい出来事がありますように!
よいお年をお迎えください。


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「〜もうすぐ40周年〜記念シングル 発売になります!」2011

黄色く色づいたイチョウ
めっきり寒くなったと思ったら、妙に暖かかったりして、皆様、体調は大丈夫ですか?
でも、この寒暖の差が木々の葉の色づきを良くするようで、
事務所近辺のイチョウ並木も黄色く色づいて、ハラハラと散り始めています。
本当に早いもので、もう12月。
街にはX’masソングが流れ、イルミネーションがきらめき・・・、でも、今年はやっぱり自粛ムード。
どこか控えめな師走の街です。

実は広子は体調を崩してました。
風邪というより過労ですね。
僕たちは仕事柄コンサートのあとは要注意。
声帯やその周辺が炎症しているために、風邪の菌が入り込みやすいそうです。
というわけで、好きなお茶のお稽古も昨日はお休み。
僕と麻理子のふたりで行ってきました。
一日中家でグデグデしていると言っていた広子でしたが、帰ってみると、掃除は済んでるわ、洗濯はしてあるわ、
キンピラや切り干し大根の煮物まで作ってあるわで、ちっとも休んでいないのでした。
今日もフル稼働!
働く働く広子なのでありました。
でも、お陰様で体調も戻って、今日は原宿にある歯医者さんに行くついでに衣裳を見に出かけました。
ホント、忙しい人です!大洗パークホテルでのコンサート
典型的なB型ですからねー!
ちなみに、僕と麻理子はA型、のんびりさせてもらってます。大洗パークホテルでのコンサート

さて、先日は茨城県の大洗パークホテルで
コンサートをやってきました。
震災や原発による風評被害で苦しんでいる
大洗の皆さんを元気づけようと、ホテルが企画したもの。
古橋支配人は、地元でも有名なイラストレーターでもあって、
ポストカードになっている絵には
それぞれ言葉が添えられています。
遡上するサケの群れの絵には、
ふりむくな ふりむくな 後ろには夢はない
リュックサックの絵には、古橋支配人さんのポストカード
背負った荷が重いのではない 自分の力が足りないだけなんだ=B
支配人や上司の方々も、従業員といっしょに庭掃除や皿洗いをしている姿を見て、
この企画が実現した理由がわかったような気がしました。

さて、話は戻りますが・・・。
広子が衣裳を買いに行った理由は、
今月の中旬に新曲のCDのためのジャケット写真の撮影があるからなんです。
ダ・カーポ〜もうすぐ40周年〜記念シングルとして、2月22日にリリースされます。
もうすぐ40周年記念≠チていいでしょ!
コロムビアの熊田プロデューサーのアイデアなんですが、40周年に向けて、弾みをつけて、
なだれ込むって感じですかね。
新曲のタイトルは「ふたりの記念日(アニヴェルセル)」と「恋する横浜」の2曲。
どちらも、両A面の扱いでいこう!ということになっています。
曲の内容については、また改めて!

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「福島県三春町でのコンサート」2011

福島県の三春交流館にて
先週の日曜日は、福島県三春町でコンサートをやってきました。
三春町には原発被害によって、双葉郡葛尾村から避難されて来た方々がたくさんいらっしゃるんですね。
葛尾村は計画避難区域で、
人口1500人弱のうち、8割の方々がこの町で暮らしていらっしゃるそうです。

コンサートでは、ずっと目をつむっている方や、
ハンカチで涙をぬぐっている方もたくさんいらっしゃって、
慣れない町(三春町はとてもいいところですが・・・)で不安やストレスや、
何よりも帰りたくても帰れないやり切れなさが客席から伝ってくるような気がしました。
泣いている方々を見てしまうと、もともと涙もろい広子ですから、歌えなくなってしまうんですね。
少しでも元気になっていただこうと思って来たのに、こっちが泣いてたのではしょうがないし、また皆さんに失礼になると思って、
当日のステージでは、いつもよりどの歌も、かなり明るく! 力強く! 歌いました。
福島県の三春交流館にて
三春町の協力を得て、葛尾村役場(現在は三春町に仮役場として開設)が主催したという
二つの町のあたたかいキズナを感じさせるコンサートでしたが、
葛尾村が一日でも早く元の村に戻って、皆さんが一日でも早く帰れることを願っています。

さて、三春町には樹齢1000年で、日本三大桜の一つ滝桜≠ェあるのを御存知でしたか?
毎年30万人の観光客も、風評被害で今年は大きく減ったといいます。
皆さん!
来年の春は滝桜を見に行きましょう!
何しろ東北の桜はあざやかで美しいですからね!

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「茶道美術館でのチャリティコンサート」2011

たくさんのお客様に来ていただきました
10月15日、青森は黒石市の茶道美術館でコンサートをやってきました。
烏城焼きの陶芸家、今井理桂さんが代表をつとめる「陶芸の郷」にあります。

山の中腹にあるこの美術館は、
岩木山が一望でき、八甲田山や奥入瀬も近い、本当に空気のおいしいいいところです。茶道美術館でのステージ
今年初めての紅葉も楽しめました。
客席は山の傾斜を利用したヒナ壇になっていて、
たくさんのみなさんに来ていただきました。
木工、絵画、流木と陶器のオブジェや彫刻の展示などもあって、
まさに芸術の秋にふさわしいイベントとなりました。
茶室でお茶をいただきました
広子と麻理子のステージ衣装は、茶道美術館ということもあって着物。
僕も着物を、と思いましたが、
ギター侍≠ノなってしまうので取りやめに。

3人でお茶をやっているのですが、
もちろん茶碗は理桂さんの作品を使っています。今井理桂さん(左から2番目)と
理桂さんは文部大臣賞など受賞している方にもかかわらず、
土と一緒に生きてこられたからでしょうか、
自然体で優しい方です。
年に1回、横浜のデパートで展示会がある時はお会いしに出かけています。
青森は縄文文化の栄えた地。
縄文土器の影響もあって、その作品は生命力に溢れ、大地の尊厳を形にしたような趣きがあります。

当日は、横浜、東京、栃木県の佐野の方々が、なんと!バスを仕立てて、12時間もかけて来てくれました。
もっと驚いたのは、広島から来てくれたファンクラブ会員のFさん(男性)。
鈍行で2日かけてたどり着いたということ。
帰りも2日かけて帰るそうです。
イヤーッ! ありがたいですね。旅館の女将と
こういう時って、コンサートは絶対いいものになりますね。
毎回、悔いの残らないステージを心掛けているつもりですが、やっぱり、気持ちなんですね。
このコンサートは東日本大震災支援コンサートでもあって、
東北が元気になるようにという思いのコンサートでした。
コンサート後の打ち上げ
コンサートのあとは、黒石温泉郷の華禅の庄に。
打ち上げの宴会には、
信じられないほどのたくさんの方々が集まり、
コンサートと同じく満杯になっていました。
ホント、盛り上がりましたよ!
盛り上がり過ぎて、コンサートより疲れちゃいましたけど!

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「東北の祈り 〜鮎川港〜」2011

そして、私たちは牡鹿半島の先端に向かい、コバルトラインを走った。
まだところどころに段差や亀裂があって、車は時々バウンドした。
しばらく行くと、土砂崩れのため通行止めになっていて、旧道を走ることになった。
狭い急な山道を下り、沢沿いの道にさしかかった時、突然メチャクチャに壊れた小さな集落が目に飛び込んできた。
未だに手つかずのあの日のままで、時が止まっていた。
津波は谷間のこんなに奥深くまで駆け登ってきたのだ!
走る車から見た一瞬だったが、情け容赦ない津波の仕打ちに、私は寒気がした。
また、夢を見ているような錯覚に陥るほど、無傷な家々もあった。
海と集落の向きによって、明暗ははっきりと分かれていた。

クジラホイールランド青い鯨の門青い鯨の門









金華山ゆき切符売り場

牡鹿半島、石巻湾側の突端に位置するに鮎川港に着いたのはもう夕方だった。
鯨漁で栄えたというこの港にあるクジラホイールランドも、無残な姿となっていた。
改修工事の人たちも、もう仕事を終えた時間なのか、辺りには人気もなくひっそりとしていた。
ここもやはり地盤沈下となり、歓迎のシンボル、青い鯨の門は半分ほど海に浸かっていた。
大きな金華山行き切符売り場の看板も横倒しになっていた。
船の待合所らしき建物の中に入ってみると、
その隅っこに、小皿や湯呑茶碗がきちんと重ねてあるのが目に付いた。
人は手がつけられないほどの状況にあるとき、
日用の愛着のあるものから片づけるものなのだろうか・・・。
普段なら、人々はここで切符を買い、お茶を飲み、世間話でもしながら、金華山行きの船を待っていたのだろう。

金華山展望台そばの地割れ展望台から望む金華山

それから金華山の見える展望台まで行った。
金華山は牡鹿半島の突端部に浮かぶ島で、
海運の神様が祭られてある観光スポットである。
震災以来、ここまで足を延ばす人はほとんどいないのだろう。
木造の展望台は地震で傾き、
付近の地面はパックリと大きな地割れがそのままにあった。



3・11、金華山に居た人の証言では、
大津波が来る前、海が大きく左右に、女川方面と鮎川方面に分かれ、海底がむき出しに見えたのだという。
まるで旧約聖書の、モーゼが起こした奇跡のシーンそのものである。
モーゼは民を率いてエジプトを脱出したが、軍隊に追いつめられて絶対絶命となった。
その時、持っていた不思議の杖を掲げると、目の前の紅海が二つに割れ、道が開かれ、逃げ延びたという逸話である。
しかし、それは神の奇跡ではなく、この日本で現実に起きたことなのだ。

あの日から、すぐにでも被災地に赴かなければと思い続けていた。
しかし、自分にできることはなんだろう、本当に被災地のためになる事はなんだろうと躊躇したままでいた。
きっと同じ思いの人は多いと思う。
現地をいつ尋ねても遅くはない。自分の目で確かめ、感じることが支援の第一歩だと思う。
今回、駆け足だったけれど、本当に来て良かったと心からそう思う。

「この先、10年見続けてください」
被災地からのこの言葉を胸に、これからの復興への道のりを、同じ日本人として手を携えていきたいと思う。

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「東北の祈り 〜女川町〜」2011


高台の病院駐車場から見た女川港横倒しのビルやってきた若者も呆然と










女川港に着くと、その信じがたい光景に唖然とした。
あちこちに横倒しのビル、上下ひっくり返ったビル、鉄筋コンクリートの塊をゴロンゴロンともてあそんだ、津波のその威力に驚くばかりだった。
女川町には牡鹿半島に東北電力女川原子力発電所がある。
これでもし原発にまで被害が及んでいたらと思うと、背筋が寒くなった。

どこからかバスでやってきたボランティアらしき若者たちも、言葉なく呆然と立ち尽くしている。
港の岸壁は地盤沈下で海面と同じになり、立っている足元にヒタヒタと波が打ち寄せていた。

女川町立病院駐車場の花束地震発生後、
人々は切り立った崖の上にある女川町立病院へと非難した。
そこは港から一番近く、およそ20メートルほどある高台だ。
駐車場の手すりにつかまり、「津波が来るぞ〜!」と、
恐怖に叫びながら、迫りくる津波を見ていたその時、
無情にも波はあっという間に全員をさらっていった・・・。
こんな高台にまで波がくるとは
誰ひとり予測していなかっただろう・・・。
駐車場には花と飲み物が手向けられていた。

駐車場から奥まって、さらに高い位置にある女川町立病院。
この一階にまで津波は押し寄せたという。
病院の玄関口で外国人夫婦と出会った。
「Where from?」と声をかけてみると、流暢な日本語で、
「アメリカから来ました。米軍兵で、日本にはとてもお世話になりました」
「津波は38メートル(?)あったと思います。
女川港はリアス式海岸のため、波は狭いところに入り込むと一気に盛り上がり、高さも威力も増してしまうのです」
と、神妙な面持ちで話してくれた。強く生きる女川
38メートルの津波とは、俄かに信じがたかったけれど、頑丈なビルを根こそぎひっくり返し、
この高台に避難した人々を飲み込んだ惨状を知ると、彼の言った事は決してオーバーではないと思った。
別れ際に「ここまで来てくれてありがとうございます。これからも、日本を見続けていてくださいね」と言うと、
アメリカ人夫婦は心のこもった丁寧なお辞儀を返してくれた。

津波で破壊された病院の一階部分では、シートで覆われた中で修復工事が急ピッチで進められていた。
"強く生きる女川"
女川よ!
はためくスローガンの通り、どうか負けないで強く生きて欲しい!

続く 


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「東北の祈り 〜石巻市〜」2011


東松島市に在る自衛隊松島基地を通過しながら、車は石巻市へと向かっていた。
案内してくれている菊池さんから、基地は甚大な被害を受けながらも、救済に全力を注いでいるという話を聞いた。
それと、基地近くで見かけた、丸太が美しく整然と、いくつも三角山に積まれていたのが印象的だったので、
「これからの建築のために、材木が運び込まれたんですね」と、尋ねてみると、
「いいえ、これは材木工場から津波で流出したものを、なんとか回収して、太さや長さをきちんと分別して積み上げたんですよ」という答え。
ああ、日本人って凄い・・・。火災で黒く焼け焦げた門脇小学校
この日本人気質があればこそ、きっと復興できる! 
被災状況を見るにつけ沈む心に、ぽっと明かりが点ったような気持ちになった。

大津波と火災に見舞われた石巻市。
海から緩やかな上り勾配の突き当りに門脇小学校は在った。
なんと大きな校舎と広い校庭だろう。学校の隣にある墓地から見た小学校
ここは災害時避難所だった。
その時、一番高い所に位置するこの校庭に避難してきた人たちは、
押し寄せる津波と迫りくる火災から、裏山の日和山に登り、難を逃れることができたという。
学校の右半分は黒く焼け焦げ、その時の惨状を物語っている。
他所からやってきた数人の若者が、校舎の窓から中を恐々と覗いている様子が見えた。
火災を大きくしたのは、塩水が媒体となって、車のガソリンに次々と引火していったからだと聞いた。

小学校の隣にある大きな墓地も倒壊し、墓石が散乱している。
瓦礫を渡って、お墓にお参りしている、ひと組の父子の姿があった。

遠くに見える石巻市立病院
小学校から海側に振り向くと、遠くに石巻市立病院が見える。
津波によって学校まで埋め尽くした瓦礫も、ほとんどが撤去され、
視界を遮るものは、何も無い。
数台の黄色いショベルカーが黙々と働いていた。
巨大な鯨大和煮の缶詰
石巻港近く、工業地帯の幹線道路を走っていると、
その先に巨大な赤い物体がゴロンと横たわっている。
アレは何??
近づくと、なんとその正体は!
巨大な鯨大和煮の缶詰(オブジェ?)だった! 
 
骨組みしか残されていない、無残な姿の工場のあちこちに、車が数台、駐車(出社?)している。
きっと再建に向けて準備しているに違いない。
壊れた工場の中で、仕事を再開して働く人々の姿もあった。石巻工業港付近 
通りすがりに瓦礫の集積場所も見えたが、その量の物凄さもさながら、
整然としている印象があった。
そこここに"日本人気質"が希望の明かりを点してくれている。

半年が経った今、道路のほとんどは補修されているようだ。
ただ、海岸近い幹線道路を走っていると、
地盤沈下で、ところどころ冠水しているのが気がかりだ。

続く 


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「東北の祈り 〜東松島市〜」2011


9月19日。
ひとり被災地に向かった。
新幹線で仙台駅から仙石線(仙台〜石巻)に乗り換えて、矢本駅へと向かう。
海岸沿いを走る電車は津波の被害を受けたため、松島海岸駅から先は代行バスに乗り換えた。
2台のバスはリュックを背負った乗客たちでほぼ一杯になったが、誰もが無口で窓の外を見つめていた。
矢本駅〜石巻はようやく復旧して、ジーゼル車が動きはじめたという。

日本三景の松島は千年に一度という大災害にもめげずにいてくれた。
地盤が堅く、点在している小島が自然の防波堤となってくれたのだと、
さっき電車の中で誰かが話していたのを耳にした。矢本駅バス乗り場
これまでに、仕事で2度ほど訪れた地だったが、
芭蕉が歌読んだ松島の絶景を初めて目にした時のあの感動が呼びもどされて、
せめてここが無事でいてくれたことに感謝した。
今も立ち往生したままの仙石線車両(峯崎さん、広子、菊池さん)
バスが矢本駅に着くと、峯崎さん夫婦が待っていてくれた。
私の故郷、栃木県佐野市での
10年コンサートを支え続けてくれた恩人である。
ふたりは早朝から東北道を車を走らせやってきたのだ。


「この先10年、どうか東北に目を向けていてください」
そして、「被災状況を見に来てください」
縁あって知り合った東松島市に住む菊池さんのその言葉を、私たちは深く胸に刻み込み、
峯崎さん夫妻とこうしてやってきたのだ。
ダ・カーポは峯崎さんと一緒に、
東北を応援するコンサートを10/15青森の茶道美術館、11/27群馬県板倉町(お知らせのページを御覧ください)で企画している。
被災地をこの目に焼き付けることはとても大切なことだ。
今日は、菊池さんが被災状況を案内してくれることになっている。(菊池さん自身も罹災されている)

菊池さんの運転するバンに乗り込み、走り出してすぐ目にしたのは一面の黄色く枯れた農地。
津波が押し寄せた一帯は塩水を被り、
コメや農作物のすべてを枯らしてしまった。東名駅
塩害の土はいつになったら再生できるのだろうか?
松などの高い立木もてっぺんまで茶色く立ち枯れている。

夏休みにはたくさんの家族連れや海水浴客たちが訪れただろう、東名駅。
線路の無いホームだけがぽつねんと取り残されていた。

東松島市に在る奥松島、風光明美な観光地の東名地区、
野蒜海岸は一変してしまった。
立派な松並木も根こそぎ無い。
農機具などの残骸が津波の威力を見せつけている。
東名海岸の堤防の断片農機具の残骸




野蒜駅とボランティア






まだ震災のあとが生々しい野蒜駅ではボランティアの人たちが黙々と雑草を刈っていた。


住宅街だった大曲地区に乗りあげられた船
水浸しの地面には津波が残した海藻がはびこり、
漁船が今もそのままに。
沿岸一帯、あちらこちらで地盤沈下が起きて、陸地と海の境が無く、
田んぼも宅地も海水が溜まり、まるで池と化している。
残された家の外壁に大きく「取りこわし不可」の文字が?? 
その中には、持ち主と連絡が取れないため、申請、許可が出せないままでいる家もあるのだという。
今も行方不明者は五千人近い・・・。
廃墟と化した家々や、病院の病室ごとのカーテンが、風のむくまま、ヒラヒラとなびいていた。

車中から写真を撮っていると、
「あまり撮りすぎると、デジカメが足りなくなりますよ。まだまだ見てもらいたいところがあるんですから」

続く

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「AMDAチャリティコンサート」2011

AMDA鎌倉クラブ チャリティコンサート
AMDA鎌倉クラブ主催のチャリティコンサート「東日本大震災復興支援〜ダ・カーポと共に〜」
(18日、鎌倉芸術館)に出演しました。
当日は、筝、フルートカルテット、筝曲、そして中国の名詩を歌う「長恨歌」のステージがあり、
僕たちも楽しませていただきました。
古都鎌倉らしく、品格があって、文化的な香りのするステージでした。
お客様もたくさんお越しくださいました
それにしても、ボランティアのメンバーの皆さん
(きっと僕たちより年上?)、
テキパキと動きも素早く、仕事をこなしていました。
今回で13回目となるそうですが、
代表の根津さんはじめメンバーの皆さん、
この日までいろいろ御苦労されたと思いますが、当日は会館全体が善意の活気に満ちていたと思います。
鎌倉クラブの皆さんや、たくさんの観客の力が一つになって、きっと被災地に元気が届いたと思います。

ダ・カーポは10年間、AMDAネパールこども病院を微力ながら支援させていただいてきましたが、
そのこども病院を知るキッカケとなったAMDAの江口医師と小倉医師が、
当日、遠方から駆けつけてくださいました。小倉先生(左)と江口先生(右)
江口先生はAMDAの本部がある神戸から、小倉先生は被災地の石巻市からでした。
小倉先生は、大震災で壊滅した病院を立ち上げるために、神戸の自宅を引き払って、
石巻の雄勝町に診療所の所長として赴任されたのです。
この雄勝病院は、屋上まで津波にのまれ、
医師、看護師、患者の合わせて65名が死亡するというあまりにも大きな被害を受けました。
診療所の立ち上げに向けて、毎日、奮闘されていますが、その行動力と意志に敬服するばかりです。

一昨年、ネパールこども病院の設立10周年のイベントに両医師と共に、
ダ・カーポも3人そろって出席しました。
ネパールの旅は過酷でしたが、その分、AMDAとの絆が深くなった気がします。
そんな縁が、今回のチャリティコンサートにつながったというわけです。

AMDAは、今回の震災でもいち早く現地に向かい、医療活動を行なったわけですが、医師が現地に行く交通費が大変不足しているとのこと、
是非皆さんの御協力をお願いしたいと思います。

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「東日本大震災ダ・カーポチャリティコンサート〜野木エニスホール」2011

みのもんたさんからのお花と
9月3日野木エニスホールは大型台風の影響を心配していましたが、
当日になって、どうやら天候も落ち着き、満席のお客様に来ていただきました。
さらに嬉しいことに、会場ロビーにはみのもんたさんから立派なお花が届いていました。
「ダ・カーポが来年40周年を迎えるとのこと、おめでとう!」
みのさん、お心遣い頂き、ありがとうございます!
来夢のステージ
今回からダ・カーポ&来夢のステージが始まりました。
先ず、コンサートのはじまりは来夢のステージから。
フルート(榊原麻理子)、ピアノ(宮崎絵理)、チェロ(佐藤万衣子)からなる
トリオのクラシックユニット。
くるみ割り人形の"花のワルツ"から華やかにスタート、演奏が進むごとに、
会場からの拍手も熱を帯びて、お客様のウケも上々です。
来る夢と書いて"来夢"。ライムの演奏を聴けばあなたの夢がきっと叶いますよ!
皆様応援してやってくださいませ。ダ・カーポ&来夢のステージ

そして、ダ・カーポ登場と共に、政敏の軽妙なオシャベリで、
会場はいつものなごやかな笑いに包まれました。
やはりリーダーたる人はムードメーカーなんですね。
来夢の演奏をバックに歌う広子の声はますますのびやかです。
(ここだけの話、38年間、ありがたいことに同じキイを保っているのですが、
生楽器とのコラボは声の寿命を延ばしてくれるような気がしているのです。)
麻理子といえば、ダ・カーポの一員であり、来夢のフルーティストとして、
二役を担っているので、気を抜けない立場にいるのですが、
ダ・カーポ&来夢のステージなんだかすごく生き生きとしていましたね。
今後のダ・カーポ&来夢のコンサート、続いていきます。
皆様、是非、聴きに来てくださいね!
10月 9日(日) (栃木県)日光今市市文化会館(大ホール)
11月12日(土) (埼玉県)入間市産業文化センター
11月27日(日) (群馬県)板倉町中央公民館
12月11日(日) (埼玉県)アスカル幸手(さくらホール)古河ロータリークラブの皆さんと



今回は古河ロータリークラブ主催の東日本大震災ダ・カーポチャリティコンサートでしたが、
皆様からの暖かな義援金もたくさん集まり、被災地にお送りすることが出来ました。
心より、ありがとうございました!



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「『24時間テレビ』に出演してきました」2011

長野市の若里公園会場の皆さん
さて先日(8月21日)、
日本テレビ系「24時間テレビ 〜愛は地球を救う〜」に出演(テレビ信州)してきました。
この日は東京も涼しかったですが、
長野はさらに涼しく、雨ももってくれて、盛況なイベントとなりました。
本番前の控室にて
今年は、東日本大震災の復興に向けて
ガンバロウ日本の力≠ニいうテーマ。
ダ・カーポの力は何かと言ったら、やっぱり音楽。
そして、家族の絆でしょうか。
電気もエネルギーなら、音楽もエネルギー。ファンの方がその場で描いてくれたダ・カーポのステージ
強さも力なら、優しさも力。
そして、人と人との絆がその力を大きくしてくれるのだと思います。

未曾有の大災害に見舞われたこの時、絆の大切さを改めて感じているダ・カーポです。
微力ながら、ダ・カーポも震災以来、被災地を救うチャリティコンサートを続けていますが、
生放送の本番中テレビというメディアの巨大な力とは別に地道な支援を
続けてゆくことも大切にしてゆきたいと思っています。

昨日、テレビ局の現場スタッフの方から事務所に
匿名のメールが届きました。
「野に咲く花のように」を聞きながら、
人に悟られないように涙をこらえて仕事をしていましたというメール。
嬉しいですね。
音楽の力をまた信じてしまうじゃないですか!

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残暑お見舞い申し上げます2011

みなさん体調は大丈夫ですか?
今週末あたりから、少し過ごしやすくなるようで良かったですね。
夜には家の近所からも、虫の音が聞こえ始めました。
徐々に秋に近付いていますね〜!

私は最近はというと、次回のイギリス館コンサートの準備で忙しくしています。ギター 松尾俊介さん
5回目となる今回は、クラシックギターの松尾俊介さんとの共演です。
以前から何度かご一緒していますが、とてもユニークな方で、
リハーサルではいつも楽しくやらせていただいています。

今回のプログラムは、イギリス館にふさわしい中世イギリスの曲やイギリス民謡。
さらには、今年はピアソラ生誕90周年ということもあり、
タンゴが誕生してからの歴史を時代ごとに曲にした「タンゴの歴史」。
などなど・・・フルートとギターの魅力満載のプログラムを皆さまにお届けします。

そして、前回のイギリス館コンサートは3月10日。震災の前日でした。
日本中が負った深い悲しみは、未だ癒えてはいません。
震災から約半年後の9月15日のイギリス館コンサートでは、
今も頑張ってらっしゃる被災地の方や関係者の方々に少しでもお役に立てればと思い、
募金箱を置くことにしました。

皆さまお誘い合わせの上、ぜひいらしてください!
お待ちしております。

横浜イギリス館 榊原麻理子フルートコンサート(ギター 松尾俊介)
9月15日(木)1回目15:00〜、2回目19:00〜
全席自由 お茶&お菓子付き ¥2,500

チケットのお申し込み、問い合わせ:ダ・カーポ音楽事務所 
Tel:045−820−1838 
Mail:sakaki@mars.plala.or.jp


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「松茂美人で有名な町へ行ってきました」2011

ダ・カーポステージ
先日、徳島県の松茂町に行ってきました。
20年前にこの町のイメージソング「愛する人と翔く町」を作ったのが縁で、
町制50周年を迎えての記念コンサートに招かれたというわけです。

輝く松茂美人
松茂町は阿波踊り空港(前徳島空港)がある海辺の町。
あの高級さつま芋、なると金時の「松茂美人」でも有名なんですね。
蒸かして食べるのも美味しいんですが、フライが一番ですね。
ホクホクとした食感と、上品な甘さが特徴でしょうか?
20年前に町の歌を作らせていただいてから、
毎年お取り寄せ≠オていました。
料理するのがもったいないほどワインレッドに輝く美しいおイモです!

子供達のダンスと
この日は「松茂リズムダンスクラブ」の子供達70人が、子供達と記念写真
この歌に合わせて、ダンスを披露してくれました。
ダ・カーポのコンサートもお行儀良く、
キッチリと聞いてくれましたし、
歌詩に合わせた振り付けがまた素晴らしくて、
この日まで一生懸命練習を重ねてきたことがよくわかりました。
いきいきとしている子供達を見るのは嬉しいものですね。
この頃、どの子供を見ても嬉しくなるのは、
やっぱり歳≠ネのでしょうか。
渚をかける子供らはいつだって明日の夢たち≠ニいう
歌詩のところでは、福島の子供達を思いました。

満員の客席
デビュー以来、
全国の市町村のイメージソングなど50曲近く歌ってきましたが、
このところ町が主催のコンサートが増えてきています。
各市町村の自粛ムードもだんだん緩んできているのかもしれません。
日本の元気≠ェやっと回復の兆しを見せてきたような気がします。
ますます元気なダ・カーポが、今度はあなたの町に行くかもしれません!

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「清々しい一日を過してきました!」2011

岩沢さん御夫妻と
皆様、暑中お見舞い申し上げます。
麻理子がブログを始めたので、ついつい更新が遅くなってしまいました。
先日の迷走台風6号のお陰で、北の寒気が下りてきて、連日の猛暑が嘘のように涼しくなりましたが、
暑さがぶり返してきて、かえって体にこたえますね。
皆さん、お元気ですか?
やはり節電の厳しい夏になるのでしょうか?

さて、先日、大切な知人に会いに葉山へ行ってきました。
一番左が岩沢さん御夫妻なのですが、この方は、18年前に神奈川県の友好都市である中国の瀋陽で
親善大使としてダ・カーポがコンサートを行った時の統括責任者を務めた方なのです。
当時、県の次長だったので、今でも「岩沢次長!」と呼ばせていただいています。
瀋陽で日本人初のコンサートということで、日本側も中国側も大変気合いが入っていましたね。
当時の中国では設備が不十分だったため、音響、照明機材、楽器など、全て船で運びこんでのコンサートでした。93年の中国公演より
当時の長洲知事はじめ、県の関係者、そしてダ・カーポとスタッフ全員で49名の大ツアーとなりました。
2日間に亘って行なったコンサートもツアー自体も大成功だったので、
38年の音楽人生の中でも、大変大きな、そして誇らしい思い出なのです。
そんな理由で次長≠ノは時々無性にお会いしたくなるという訳です。

「和か菜」の前にてそして、もう一つの理由は、
お宅の御近所にある「和か菜」の蕎麦が食べたいからなんですよね。
(本当はこちらが目当てだったりして)
今まで食べた蕎麦の中で3本の指に入るほどの美味しさです。
麺は固め、つゆは甘くもなく辛くもなく、全体に雑味がなく、
喉ごしもすっきりしていて、食べたあとは体が清々しくなるのです。
葉山の棚田
さて、清々しいと言えば、この「和か菜」の裏手が棚田になっていて、
青々とした稲が風に波うっていて実に涼しげでした!
県内でも珍しくなった棚田ですが、
これを大切に守ってゆこうと地元の方々が力を注いでいるんですね。
日本の大切な原風景であり、環境保護の象徴としても重要だと思います。
毎年6月には蛍も見られるということです。

この棚田の一画の持ち主の永津さんに偶然お会いできました。
御年83才。
足腰も丈夫、体もしなやかで、
なんと竹馬で後ろに歩くことができるというバランス感覚を持っているんだそうです。永津さん、片山さん
(うーん・・・はっきり言って完敗です。)
一緒に写っているのは、永津さんを農業の師と仰ぐ片山さん。
茄子やキュウリの成長具合を見てもらおうと、これから二人で畑に向おうというところでした。

次長には前日お電話で急に「明日、行きたい!」って、
相手の迷惑も考えず言ってしまう広子の行動力というか、せっかちに呆れながらも、
「ホント、来て良かった!」と思えた清々しい一日なのでした。

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「ダ・カーポファンクラブ 上高地ハイキング大会」2011

上高地をハイキング
本番の翌日(12日)は、ファンクラブ精鋭の皆さんとハイキングへ。
総勢16人の参加となりました。
コースはカッパ橋から明神橋まで行き、明神池を見て、梓川沿いをカッパ橋まで戻る6kmに及ぶコースでした。

休憩らしい休憩も取らず、3時間歩き通しました。
クラブメンバーの中には70代後半の女性もいて、歩き通せるか本人も心配だったようですが、
メンバー同士の暖かいサポートもあって、見事ゴール!しました。
後日、ご本人から歩くことに自信がわいてきたとお手紙をいただき、安堵したと同時に、
上高地の美しい大自然と、何と言っても人の思いやりで、人は元気になるのだなと思いました。

シャクナゲ上高地は、今が一番の花盛りだそうで、森に群生している「ニリンソウ」や
可憐に咲く「ダチツボスミレ」、忘れな草に似た「エゾムラサキ」、
真っ白な花が丸く固まって咲く遅咲きの桜「ミヤマザクラ」などが
僕たちの目を楽しませてくれました。
そして、今年は30年に1度の「シャクナゲ」が大量開花していて、それも見頃、咲き頃でした。
白い花もありましたが、それこそシャクナゲ色の花が崖の途中に群生していて、
それが木漏れ日に浮き上がって見える様は、まさに30年に1度の「ラッキーかも!」という感じがしました。上高地をハイキング

今回は、いつもお世話になっている白樺荘のオーナーの鳥居さんが
案内役を買って出てくださいました。
近年、資格試験が必要となった上高地の学芸員でもあり、ガイドでもある「ネイチャーガイド」・・・
ではなく、その審査員を務めてる方ですので、
ご本人は「あまり私に花や鳥の名前は聞かないでください!」というぐらいの知識だということでした。
ファンクラブの皆さんと記念写真でも良く通るいい声を響かせて、明朗快活に案内していただき、
お陰さまで楽しいハイキングになりました!
我がファンクラブの皆さんにも大人気の鳥居さんでした!

それから、上高地音楽祭「ダ・カーポ 上高地に歌う」のライブが岩手放送でOAになります。
東北の方々に見ていただくのは特別な想いがありますね。
詳しくはお知らせのページでどうぞ。

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「上高地音楽祭 ダ・カーポコンサート」日誌2011

上高地にて
6月10、11、12日と「上高地音楽祭 ダ・カーポコンサート」のため、
新緑の上高地へ行ってきました。
実は出かける前は、体調があまり良くなかったのですが、上高地に着いてしばらくしたら、
体調が戻ってきて、元気になっちゃいました。
気力、体力とも回復しちゃったというわけです。
上高地のきれいな空気と緑と清らかな水が体を浄化してくれたんだと思います。

さて、コンサートのほうは心配していた雨も降らず(コンサートの途中で日も射したほど)、
大盛況でしたよ。
今回は、いつもの小梨平ではなく、ビジターセンターのデッキがステージとなりました。
ステージの目の前には、小梨の木が白い花を咲かせ、その木陰を中心に皆さんが集まって、
広場いっぱいの観客となりました。第27回 上高地音楽祭
曲目は、この度の大震災の被災地へ向けて、
元気を送れるような選曲にしました。
この美しい上高地の空から被災地へ、
ここにも応援している人たちがいる≠アとを届けたいという気持ちで歌いました。
今回も信越放送のテレビの収録がありましたが、東北でも放送予定ですので、
被災地の皆さんにぜひ見てもらいたいと思います。
(各地の放送日は、お知らせのページで)第27回 上高地音楽祭

それにしても、何度来ても上高地はキセキの場所という感じがしますね。
その美しさは人間の気持ちを有無を言わせずに納得させてしまうような、
何ものにもかえがたい大きな力があります。
それが大自然の力というものなんでしょう。
夜になって、広子が五千尺ホテルの部屋の窓を開けると、空には満天の星!
残雪の穂高が星明りに白く浮かび上がり、それは怖いほどの美しさでした。

さて、次回はファンクラブの皆さんと行った「上高地ハイキング大会」の模様を御報告します。

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上高地音楽祭に寄せて 〜上高地で歌える幸せ〜2011

前回の上高地音楽祭(2008年6月7日)
今年の上高地音楽祭に出演させていただくことになり、
またあのステージで歌えることを今から大変楽しみにしております。
小梨平の森の中、梓川の川音を聞きながら、穂高をバックにして歌うのは、
本当に気持ちのいいものです。
身も心も清らかにしてくれる場所で歌えるのは、
今、この時代、とても贅沢なことなのだろうと思います。

これまで何度も出演させていただいていますが、
この音楽祭だけは、毎回、娘の麻理子を連れて行きました。
アルバムを開くと、
カッパ橋や梓川のほとりや、森の中で撮った写真が娘の成長と一緒に写っています。
その娘(榊原麻理子)も3年前からフルーティストとしてダ・カーポに参加し、活動しています。
上高地では今回、初めて3人のダ・カーポ≠ニしての出演となりますが、
またダ・カーポに新たな音楽祭の1ページが刻まれることになる訳です。

今、未曾有の大震災で日本全体が自粛ムードになっていますが、反面、僕は一日でも早く日常を取り戻すことが大切だと思っています。
こちらが元気じゃなければ、被災地の皆さんを元気にすることもできません。
この音楽祭で皆さんの心に希望を届けられたらと思っています。
そして、上高地の空から、一日でも早い被災地の復興を願いながら歌いたいと思います。

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「少年の日」美術館 フルートコンサート2011

「少年の日」美術館
みなさんこんにちは!榊原麻理子です。
緑の鮮やかな季節になりましたね。
先日やっとクローゼットの冬物の服を仕舞いました。
それも夜中にガサゴソと^^;
始めてしまうと止めるに止められず、睡魔と闘いながら3時間かけて衣替えしました(笑)

さて、母の故郷、佐野で、画家の安藤勇寿さんの「少年の日」美術館にて、
フルートコンサートをしてきました。
共演は以前も何度かご一緒しているギターの松尾俊介さん。
鮮やかで温かな色鉛筆画に囲まれながらの演奏できて、贅沢なひとときとしか言いようがありませんでした!
「少年の日」美術館まさに音楽と絵の共演。
安藤先生の絵は前から大好きでしたし、子供のころの一頁を切り取った作品の数々に、
誰もが懐かしいなあと感じるのは、どんな時代でも子供の表情は同じだからでしょうか。
ちなみに、ダ・カーポが歌う「野に咲く花のように」のCDジャケットにもなっているんですよ♪
この日もCDの売り上げを義援金として寄付することとしまして、
たくさんの方にお買い上げいただきました。「少年の日」美術館
ありがとうございました。

さて、当日はお天気にとても恵まれ、
美術館の白い建物と青い空と、山の緑がそれはそれは絵を切り取ったようでした。

しかも、つい1週間前にラゼック治療という視力回復の手術をしまして、
色がくっきり鮮やかに見えることに感動もひとしおでした。
術後の痛みがあったりして数日間は泣きながら練習していましたが、結果的にやって良かったです。
といってもまだ視力は安定していませんが、15年来のコンタクト&メガネ生活にピリオドを打つことができました。
医学の進歩って、すごいですねえ。

話は戻りますが、フルートとギターの組み合わせは久しぶりでしたが、
松尾さんのギターは繊細で表情豊かで、また松尾さんとのトークでは大いに笑いを取っていただき会場も大盛り上がりでした(笑)

それでは、夜はまだ冷えますから、風邪など引きませんように。またお会いしましょう!

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義援金のへのご協力、ありがとうございました!2011

林文子横浜市長と 4月23日横浜関内ホールでのダ・カーポ春風コンサートにおける義援金の報告です。 5月13日、横浜市長にお届けしてきました。 林文子市長は公務でご多忙の中、時間を割いてくださり、にこやかに出迎えていただきました。 義援金をお渡しして、「大切にお預かりいたします!」と、市長からのお言葉でした。 義援金731,456円は横浜市を通じて日本赤十字社に送られます。 内訳は、先にHPにてお伝えしましたコンサートに於ける皆さまからの義援金187,771円、 そしてダ・カーポ音楽事務所からの義援金は543,685円となりました。 まさとしの横浜のスケッチ画をプリントした義援金グッズ☆エコトートバッグ、ポーチの売上金全額(材料費を除く)、 コンサートチケット代の一部などです。 わけても、義援金グッズは当日のみ限定販売でしたが、即完売となり、買うことができなかった希望者のために、 急遽、☆エコトートバッグの追加販売と相成りました。 (☆もしご希望の方はダ・カーポ音楽事務所までお問い合わせくださいね。 エコトートバッグのデザインなどはこちらをご覧ください横浜市庁舎にて これでさらに義援金も増えたわけですし、まさとし画伯(?)としては 「僕の絵が震災支援の役に立ってうれしい!」と心から嬉しそうです。 今回の義援金は、グッズ制作に当たってのダ・カーポファンクラブのアイデアと協力があったからこそ、 そして、コンサートに集まってくださった皆様の、被災地を思う心が集結したからこそだったと思います。 暖かいお心をくださった皆さまに心から感謝申し上げます。 そして、ダ・カーポはまだまだこれからも支援を続けてゆきます。

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「第25回 ダ・カーポ春風コンサート」2011



ダ・カーポ春風コンサート開場風景
第25回ダ・カーポ春風コンサート(関内ホール・4月23日)は
大震災に見舞われた被災地を支援するコンサートとして開催しました。
当日は激しい雨と風が交互に吹きつけるという悪天候になりました。
その上、雨と風の間に晴れたりして、「何故いつもこうなの?」とか「やっぱりネ!」とか、
皆さんに言われてしまいました。
そうです!ダ・カーポ春風コンサート第一部「来夢-Rhyme-」
この7〜8年、毎回ずっとお天気に恵まれていないのです。
でも断じてダ・カーポは雨女でも、雨男でもありません!
他のコンサートでは、いつも晴れるんですから!
不思議です。

今回は変則的な3部構成。
1部では結成されたばかりの「来夢 −Rhyme−」のステージ。
フルート(榊原麻理子)、ピアノ(宮崎絵理)、チェロ(佐藤万衣子)からなるクラシックユニットです。
この日がコンサートデビューのステージでした。
タップ(榊原麻理子)を交えての「雨に唄えば」から始まり、被災地の復興元年≠ノ祈りを込めて、ダ・カーポ春風コンサート第一部「来夢-Rhyme-」
新春に演奏されることで有名な「ラデツキー行進曲」で締めくくりました。
客席からの曲間の手拍子も盛大で、被災地の皆さんを応援するかのようでした。
この選曲は好評でしたよ。

2部はダ・カーポのステージ。
新聞やテレビで被災地のニュースを見るたびに、
何故か、いつも「You are my Sunshine」のフレーズが浮かんできて、頭から離れなくなるのです。
1曲目は、この曲に日本語をつけて歌いました。
  ♪ 幸せも 思い出も 流された町の
    あの空に あの空に 輝く太陽をダ・カーポ春風コンサート

    空遠く離れても つながろう みんなで
    明日の日に 明日の日に 輝く太陽を

    春が来て 花が咲き 子供らが歌うよ
    そのほほに そのほほに 輝く太陽を ♪

東北にも桜が咲いたという便りが届きましたが、本当の意味で春が来るようにと願うばかりです。

3部は横浜を代表する合唱団『赤い靴ジュニアコーラス』を迎えてのステージ。
お揃いの、横浜らしいブルーの衣裳と赤い靴。ダ・カーポ春風コンサート第三部「赤い靴ジュニアコーラスの皆さんと
やっぱり子供達の歌はいいですね!
そして、会場の皆さんと一緒に童謡や抒情歌などを歌いました。
歌を唄うと元気になりますよ。
気持ち良く大きな声で歌えば歌うほど、心も身体も晴れ晴れします。
まず、こちらが元気にならないと、元気をあげることもできません。
自粛をしながら、日本を活気づけましょう!
節電しながら心は明るく過しましょう!
被災地の皆さんを思いやりながら、まず、自分の出来ることをきっちりやりたいものです。

それにしても、今年も遠くからたくさんの方においでいただきました。
鹿児島、福岡、広島、愛知、そして広子の故郷栃木県は佐野、北海道は苫小牧からも来ていただきました。
そして、なんと、被災地の石巻と気仙沼からも!
突然、会場から声がかかって本当に驚きました。
こんな大変な時によくぞ!と思う気持ちと、本当はこちらから出向かなければいけないのにと、申し訳ない気持ちになりました。
石巻の男性からは、震災後、現地から事務所に切羽詰った携帯メールをいただきました。
抜粋してご紹介します。

≪東北宮城の祈り≫
  この度の東日本大震災の被災地、石巻市よりメールをしています。
  毎日あの町この町の被災状況が次から次へとテレビに映し出され、涙がとめどなく流れて止まりませんでした。

  そんな時ラジオを聞こうとして部屋にあったCDプレーヤーにスイッチを入れたら、
  ずいぶん前に入れたままになっていた「野に咲く花のように」が流れてきました。

  あれっと思いながら何度も何度もCDを繰り返し聞いていました。
  そのうちに、不思議と涙が止まっていきました。
  そうだ。
  いつもまでも泣いている時ではない。
  歌詞の中にあるように、また春が来て、野に花が咲く。
  あの美しかった海辺にまた夏がやってくる。
  時にはつらい人生も、雨のち曇りでまた晴れる。

  何度も何十回と繰り返し聞きました。
  今でも毎日聞いて、頑張っています。
  本当にありがとうございます。

ステージで彼のメールを読み上げてから、「野に咲く花のように」を歌いましたが、一緒になって客席で歌う男性の姿を見て、周りの皆さんも涙していたそうです。
そして、たくさんの方々が励ましのの声をかけていたといいますから、ダ・カーポファンって最高だ!と思いました。
「野に咲く花のように」が被災地のFM局で流されたり、皆さんに歌われていることを知って、
もっともっとこの歌のエネルギーが皆さんに届けばいいな!と思いました。

さて、コンサート当日の皆さんからの義援金は¥187,771となりました。
本当に温かいお心をありがとうございました。
横浜市を通じて、日本赤十字社に送ります。
尚、加えて義援金とされるコンサートの収益金の一部と、ダ・カーポグッズの収益金の集計(合計)は、後日、このホームページで御報告させていただきます。

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横浜の避難所で歌ってきました2011


たきがしら会館にて
私たちの地元横浜にも被災地から避難されている方々がいらっしゃって、
先日、その避難所になっている磯子区のたきがしら会館で歌ってきました。
震災の被害状況をTVで見るたびに、
自分にはいったい何が出来るんだろうと焦燥感と無力感に襲われていました。
そんな時、横浜市が被災者を受け入れていることを知り、いても立ってもいられずに、
市に皆さんの前で演奏することはできないかと申し出ました。
ギターとフルートだけで歌ったのですが、皆さん笑顔で、時には涙して聞いてくださいました。
両親もマイクなしで歌ったのはデビュー以来38年振りだそうです。
「横浜では、3日住めばみんな浜っ子なんですよ」と言ったら、
皆さん笑っていらっしゃいましたが、慣れない町での暮らしの中、
不安とストレスを、ひとときでも忘れてもらえればという気持ちでいっぱいでした。

演奏後、子供たちが手を握ってきたり、抱きついてきたりして、私から離れない子もいて、
私は子供たちに大モテ≠ナしたよ!
きっと、キラキラ輝くフルートを吹くきれいな(?)お姉さん(?)と思ったのでしょうか?
一見、明るく元気に見える子供たちでしたが、子供なりに不安があるのでしょう。
誰かに甘えたいというか、ぬくもりが欲しいのかもしれないなと思いました。

当日は、林横浜市長の御挨拶があり、避難されている皆さんを大変気づかっていらっしゃいました。
ダ・カーポの演奏も最後まで聞いてくださり、また、翌日は御見舞いのため仙台市を訪問されるとのことでした。
演奏する場をセッティングしてくださった林市長と坂本磯子区長に感謝したいと思います。

「野に咲く花のように」は、被災地の皆さんにも歌われていると聞いていますが、この日もこの歌を聞いて涙ぐんだり、一緒に歌っていただきました。
私たちも音楽の力を信じて、これからも被災地が立ち直るまで、支援させていただきたいと思っています。

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いよいよ「第25回 春風コンサート」も近づいてきました!2011

ダ・カーポグッズ
「今回は中止ですか?」とか、「是非開催してください」という声をたくさんいただきましたが、
今、ここに来て、中止せずに本当に良かったと思っています。
この大震災で被災された皆さんに、何か力になりたいと、日本中の人達が思っていると思いますが、
考えてみれば、こちらが元気でなければ被災された皆さんを励ますことも、希望を届けることもできません。
今、ダ・カーポが一番強く感じることは一日でも早く僕達が日常を取り戻し、
それぞれ自分の仕事をキッチリやってゆくことだと思います。
世の中をまわしてゆかなければ、被災者の皆さんを長期的に支えてゆくこともできません。
計画停電や節電にどう向き合ってゆくのかも課題となるでしょう。
でも、電気もエネルギーなら音楽もエネルギー≠ナす。
このコンサートで皆さんの心に元気と希望を充電することができたらなと思っています。

さて、ダ・カーポファンクラブの有志が集まって、政敏のスケッチ画をプリントしたポーチとエコバッグを作ってくれました。
嬉しいですね!
これがまた、使い勝手がよくて、カワイイ!んです。
もちろん業者さんに制作を依頼したのですが、
デザインやポーチの縫製の他に、ファンクラブの皆さんが事務所に何度も終結して、包装までしてくれました。
その手造り感もダ・カーポらしくて素敵ですよ。
ポーチ(1500円)は50個、エコバッグ(2500円)は100個の限定です!
チケットの売り上げの一部に加えて、このダ・カーポグッズの収益金も被災地に送ります。
皆さん御協力お願いします!
募金箱も会場に用意してありますので、皆さんのお気持ちをよろしくお願いします!

※エコバッグは4種類あります。
ダ・カーポ エコバッグ「氷川丸」ダ・カーポ エコバッグ「開港記念会館」ダ・カーポ エコバッグ「日本丸」ダ・カーポ エコバッグ「ハートのなる木」







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東日本大震災で被災された皆様にお見舞い申し上げます2011

この度の未曾有の大震災により、被災された方々におかれましては、心よりお見舞い申し上げます。
イギリス館のポスト
毎日流れる被災地のニュースに、心が締め付けられています。
当たり前に便利で平和で、安全な生活が、どんなに幸運なことだったか。
奇しくも3月10日のイギリス館コンサートで、お客さまの笑顔を無事に見送った翌日のことでしたので、信じられない思いです。

暗闇の中でも希望を見出そうとする人間の力を信じ、またその一端を担うのが音楽の力だと信じています。
イギリス館コンサートから誕生したフルート、チェロ、ピアノの女性3人の新しいユニット「来夢(ライム)」が、
4月23日(土)の「ダ・カーポ春風コンサート」に出演します。
来る夢と書いて、「来夢」。聞きに来てくださったお客様ひとりひとりに夢が来ますように。そんな思いを込めました。
ピアノと楽譜
また、この「ダ・カーポ春風コンサート」は、東日本大震災のチャリティコンサートとさせていただくことになりました。
25回目を迎えるこのコンサートに向け、今ダ・カーポは、来てくださった皆様そして被災地でがんばっておられる方々に、
少しでも元気になってもらえるように、急きょ曲目を練り直しているところです。
このチャリティコンサートで、被災地の方々も、コンサートにいらした方も、いっしょに元気になりましょう!

東日本大震災で被災された皆様にお見舞い申し上げます2011

東日本大震災で犠牲になられた方々の御冥福をお祈りし、被災者の皆様に心から御見舞いと応援!申し上げます。

25回目を迎えるダ・カーポ春風コンサート(4月23日(土) 関内ホール)は予定通り行います。
(一時は中止も考えましたが・・・)
急遽、今回は内容も変更し、チャリティーコンサートとして開催します。

日本全体が落ち込んでいるこんな時だからこそ、
元気が出る歌を、心を癒す歌を、希望が見える歌を歌います。
自分が元気じゃなければ人にも元気はあげられません。

皆さん!
被災地の方々に力強く、そして暖かい手を差し伸べましょう!
被災者の皆さん!
今、日本国民のひとりひとりが何かしたいと思っています。
そして、すでに動き始めています。
差し伸べる手が届くまで、もう少しだけ待っていてください!

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パリより、ただいま〜!2011


サンマルタンのパン屋さんの前で
6泊7日のパリ旅行は、食事!ワイン!ファッション、芸術・・・どれをとっても
見るもの聞くもの素晴らしく、奇跡的に親子ケンカもなく、とても充実した旅でした。
シャルルドゴール空港から市街地に出るバス乗り場まで、
さんざん迷ったあげく外に出てみると、なんという寒さ!
パリは毎日日中でも−2度、3度で、温暖な横浜でぬくぬくと育った私にはこたえるのなんの。
いくら重ね着しても直接肌を刺すような寒さに、最初は会話もろれつが回らず・・・。
それでも、街をゆくパリジャン、パリジェンヌは驚くほど軽装なことにびっくりしました。
ミニスカートにタイツにパンプスのお姉さんを見かけるたび、「せめてブーツはこうよ〜」

そしてパリっ子はよく歩く、歩く!それもサカサカ早いこと。
こちらがゆっくり歩いているとぶつかりそうになったりで、
自然と毎日の観光が時速5キロのウォーキングに。
おかげで、ボリュームたっぷりの食事が続いても、まったく太ることはありませんでしたよ!
今回ガイドをお願いした、日本人でパリ在住のHさんによると、
パリっ子は電車で5分くらいの距離は「歩いてすぐそこ」らしいです。夜のセーヌ川クルーズ
フランス人の美脚の秘密はそこかぁ、なんて納得したりして。

さて、歩くだけでも美しい街並みに目を楽しませてくれるパリですが、この旅の大きな楽しみのひとつ、
ルーブル、オルセー美術館へ行きました。
オルセー美術館は、この旅を思い立ったドガの作品たちも、ずらりと展示してあって、
横浜美術館で見た作品もたくさんありましたが、
掛け軸が和室にあるように、やはりあるべき場所にあるという感じがしました。

そこでひときわ異彩を放っていたのが、ゴッホの作品。
やはりついつい目がいってしまう魅力がありますね。オルセー美術館にて
ほとんどの作品が、どうして建物や空が歪んでいるのかなと思いながら見ていて、
大学の音響学の授業をふと思い出しました。
名画を「音響」で解釈する面白い授業で、たとえば、ある江戸時代の風景画には、魚売りの掛け声、旅人の足音、
女たちのおしゃべり、絵の中に様々な音が描きこまれている。とか、
キャンパスの中では哲学者たちが議論を交わしているが、実際には相手に声が届く距離ではない・・
などという具合に。
ともあれ仮説ですが、ゴッホは普通の人には聞こえない周波数の音を聞き取ることができて、
それが精神的なストレスとなっていたと。
だから自分の耳を斬り落としたし、
有名な「星月夜」は強風吹き荒れるアルルの空の振動の渦を「聞きとって」キャンパスに写したのではないかということなのです。
そんなことを思い出したら、急に他の絵画も、絵の中の音、雑踏、音楽が聞こえてくるようで、楽しみ方がひとつ増えました。春画

ゴッホが浮世絵に影響を受けていたのは有名ですが、ここ数年はまた日本ブームなんだそうで、
たしかに街を歩いていると、いたるところに浮世絵や筆文字が目につきました。
「GEISHA」中には「SHUNGA」を発見!やっぱり「ニホン」は浮世絵や舞子さんのイメージなんですね。
和物ショップもたくさんありましたし、オシャレな洋服屋さんに入って、気に入ったのでタグを見てみると
「MADE IN JAPAN」だったり。

最近流行っているというセレクトショップでは
日本ではみかけたことのない日本企業やデザイナーのアイデア商品、文房具、食器、家具・・・
どれもエコで高品質で使いやすい細やかな気配りにあふれていました。
驚くほどたくさんのジャパンブランドが海外で評価されていて、日本人が活躍しているんだなぁと誇らしくなりました。

海外赴任すると、日本にいるときより「日本人らしく」なる(振る舞う)よ。と知人が言っていました。ルーブルのピラミッドを望むカフェから
パリで出会った日本の方たちは、態度も言葉づかいも感覚も、ものすごく「日本人」でした。
マルシェの中にある和食デリのお店の方にも「他に何かご入り用でしょうか」と丁寧に言われた時は
「結構でございます」と深々とお辞儀をしてしまいましたが。
なんだか日本にいるより、日本にいるような気がしました。

3月10日(木)は第4回イギリス館コンサートです。
昼の部がおかげさまで完売となり、夜の部はまだ若干お席がありますので、
どうぞ皆様お誘いあわせの上、いらしてください。
(※チケットのお申込方法は「お知らせ」のページをご覧ください)
メンバーは前回好評だった、フルート、チェロ、ピアノの(美)女性3人トリオです。
「春よ来い」「早春賦」「サウンド・オブ・ミュージック」など。明るく元気の出る曲目をちりばめて、皆様に横浜の春をお届けします。
休憩時にはいつもおいしいと大好評の作りたてマカロンとお茶もお楽しみくださいね。
どうぞご期待ください!

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春風コンサートも第25回目を迎えます!2011

馬車道にある関内ホール
今年は4月23日(15:00開演)、場所はいつもの横浜関内ホールです。
長くやっていると、節目節目の記念日が増えてゆくんですね。
春風コンサートが25回目。
私事ですが、僕達が結婚して30年。
来年は、ダ・カーポ40周年に突入の年になります。

年を重ねてきて、気がついたことは、人生を達観することなんてないということですね。前回の春風コンサート
逆に世の中に知らないことばかりだって気がついたり、
会いたい人が増えてきたり、行きたいところもたくさんあるんですね。
人生はまだまだっていう感じです。

同じ思いのファンの方々もたくさんいらっしゃって、
ダ・カーポの歌に自分の青春時代とこれからの人生をどう歩み、そして、その道の行き先を映しているようです。
一緒に青春のままに歩いてゆきましょうね!

「春風コンサート」第25回記念ですから、是非お出かけくださいね。
お待ちしています。

今回はコンサート後、中華街(龍鳳酒家)でファンの集いがあります。
ダ・カーポがファンの皆さんと直接お話しするのは、いつも限られたゴク一部の方々ですので、今からとても楽しみですね。
美味しい中華料理を食べながら、紹興酒の熱燗などで、一杯いきますか!
当日は、ダ・カーポとの団欒のひとときって感じになるのかなと思います。
ぜひ、ご参加ください!
詳しくはお知らせのページで、どうぞ!

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榛名文化会館でのコンサート 盛り上がりました!2011

会館は、高崎駅からタクシーで30分ほど。榛名文化会館でのコンサート
右に榛名山山系がくっきりと紫色に見え、その麓には伊香保温泉があるんですって!
左には、真白に雪化粧した浅間山が、冬空に美しく映えていました。
この道を真っ直ぐ行くと、あの日本三大温泉の草津温泉があると聞いて、
榛名を通り越してこのまま温泉に行こう!と、つい思ってしまったダ・カーポなのでした。

榛名湖はワカサギ釣りで有名ですが、私は中学の時にここにスケートに来たことがあります。
湖に作られた天然のスケート場なのですが、
滑っていても氷上から強く吹きつける風と雪でスケートどころではなかったことを覚えています。
会館の辺りは、ヨウジをくわえた木枯し紋次郎か、
用心棒の三船敏郎が桑畑の向こうから現れそうな、まさに上州の風景でした。
私の故郷の栃木県の佐野とも似た風景であり、懐かしさを感じました。
当日は強いからっ風こそ吹かなかったものの(ウチではいつも広子のからっ風が吹いているよ!と、まぁちゃんが言っておりますが・・・)
上州の寒さは体感温度がかなり低いというか、独特の寒さがありますね。

それにしても、榛名の皆さんは明るい方が多いですね。榛名文化会館でのコンサート
というか声が大きいですね。
ダ・カーポのトークにいちいち答えてくれたり、感想をつぶやいてくれる人がたくさんいらっしゃいました。
「いい親子だヨ!」とか「娘さんキレイだね」とか、これがつぶやき≠ノなっていませんでした。
榛名の方は内緒話が出来ないタイプですね。
でも、のりのいい皆さんのおかげで、とても気持ちのいいステージができました。

このコンサートにも、ファンクラブの精鋭の方々が遠くからこぞって来ていただきました。
嬉しいですね!
元気をもらっています!
もう、名前も住んでいる町も知っているという、とても近い距離にいる皆さんです。
ほとんどダ・カーポと同世代ですから、
同じ青春を過ごし、こうして年を重ねてくると、歌手とファンの立場を越えて人と人との付き合いになってゆくのかもしれません。
これからも応援ヨロシクお願いします。

ところで、このホームページが更新されている頃は、私と麻理子はパリの空の下≠ナす。
ルーブルやオルセーに行ったり、オペラを観たり、フランスで活動している若い日本の音楽家たちにも会ってきます。
どんな旅になることやら!
帰国したら、冬のパリの様子なども含めて御報告申し上げます。

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阪神・淡路大震災から16年2011

阪神・淡路大震災の集い
ニュースでも、復興したように見えても、
被災された方々の後遺症など、様々な問題が未だ解決していないということが取り上げられています。
震災で亡くなられた方々のご冥福を祈り、そして後遺症に苦しむ被災者の皆さんの回復を心から願っております。

そんな被災した身でありながら、神戸の医師や市民の皆さんの手で、ネパールのブトワルに
「AMDAネパールこども病院」を作り、これまで支援されてきたことを皆さんは御存知でしょうか?
震災の時に身を挺して救援にあたったネパール人医師たちに感激し、その恩に報いるために力を注ぎ、
建てられた病院なのです。
慈意の本意は、人にすることで自分もガンバレるのだとつくづく感じます。

ダ・カーポも微力ながら、こども病院を支援して10年になります。
毎年、全国のコンサートで募金を呼びかけ、集めて寄付金を震災の日≠ノ合わせて、AMDA(アジア医師連絡協議会)に送ってきました。
今年の寄付金の御報告ですが、コンサートで集まった募金が33万945円。
これはAMDA募金箱に入れてくださったお客様からの暖かな支援金です。阪神・淡路大震災の集い(2011年)
それから、昨年11月の鹿児島でのコンサートの折、
ステージの中で震災からこども病院の設立の経緯など話したところ、
神戸在住だったという女性から事務所に送られてきた10万円と合わせて、
43万945円をこども病院に送ることができました。
改めて皆さんに御礼を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。

さて、タイガーマスク現象は、この閉塞感のある世の中を、人の善意で明るくしてくれています。
日本の社会をなかなか明るくできない政治への痛烈な皮肉のようでもありますね。
ただ、ひとつのブームで終わることのないよう細く長くでもいいから、継続されるといいなと思っています。
そして、僕達も心しておきたい!と思います。

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2011年の抱負2011

皆様! どんなお正月をお迎えでしょうか?
なんて、世の中はもうすっかり仕事モードになっていましたネ。
でも、ダ・カーポは去年の後半が忙し過ぎたので、お正月休みはちょっとのんびりしています。
といっても、新年会やら親しい方との食事会などが多くて、なんだかこのところ飲み疲れしてます。
僕はその上、風邪をひいて、ノドをやられてしまいました。
痛いです!
一時は食べ物を飲み込むのも辛かったぐらいでした。
「でもノロウィルスじゃなくて良かったじゃない!」と言う広子は元気元気!です。
僕はいつも毎年、正月休みは気が抜けるせいか体調崩すんですよね。初詣に行った境木地蔵
でも、もう大丈夫!
回復に向かっています。

2011年の抱負は何といっても「はじめての日」をヒットさせることですね!
この春あたりから「はじめての日」の配信が始まりますが、
配信はこの歌を全国の皆さんに広めるための第一歩ですから、よろしくお願いします。
ぜひ、一度聞いてみてください。
今年の初詣は家の近くの境木地蔵でしたが、しっかりとヒット祈願してきました。
今年も日本中のお母さん(お父さんも!)を元気にするべく歌いまくりますよ。
ダ・カーポは歌うことでタイガーマスク≠ノなります!
その決意表明は、お母さん業界新聞の1月号に藤本編集長との対談として掲載されていますので、
ぜひ読んでくださいませ。初詣
今年もダ・カーポは、時代を映す歌をダ・カーポなりに歌ってゆきたいですね。
今だからこそ歌えるという歌を作り、歌ってゆく、
それがフォークシンガー(この言葉にこだわってます)の原点ですからね!

あっ、そうそう。
広子と麻理子は、今月の末あたりからパリへ行くそうです。
美術館やオペラを観て、ついでに?買い物もしてくるらしく、ふたりで密談してます。
(怖いヨー!)

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今年の抱負2011

寒い日が続いていますが、皆様お元気ですか?
私は今年に入ってからマクロビオティックに興味を持ち、実践中です。
家では玄米ご飯に野菜中心、お肉はNG(!)の食事で、修行僧のような食生活を送っています。
(いつまで続くかな)
今年の抱負は健康第一です。

さて、昨年末に横浜美術館のドガ展に行ってまいりました。
最終日近くだったせいもあるのか、美術館のだいぶ先まで長蛇の列でした!
30分は並んだでしょうか。
人気の高さに期待も膨らんで、いざ、フランス絵画の世界へ・・・。
ドガ「エトワール」
なんといっても目玉は初来日の「エトワール」です。
絵の前はさすがに黒山の人だかり。
さぞ大作なのかと思いきや、案外小さいんだなぁ、と思っていると周りのお客さんたちも、口を揃えて
「あら、けっこう小さい絵なのね」
それがかえってこの絵の品≠感じさせる気がしました。
スポットライトを浴びて踊るバレリーナが、白く浮き出るように美しくて、
絵の中のスポットライトの角度から、実際に光を当てているかのようでした。
絵が中から光っている?と一瞬目を疑いました。
なんとも、オーラのある絵でした。

このドガ展、多くはオルセー美術館の出展でしたが、
きっと現地で見ると美術館の雰囲気も相まって一味も二味も違って見えるに違いない。
ルーブルやオルセーに実際に行ってみたい!とかねがね思っていたのが今回のドガ鑑賞で再燃。
そんな突発的衝動から、近々パリに行ってきます!

私はフランスを訪れるのは2回目になりますが、前回はアンジェ市の教会のコンサートのためだったので、パリ観光は1泊だけで心残りをたくさん残してきました。
今度はまったくのプライベートですから、パリだけに滞在してゆっくり楽しむ計画です。
え? 誰と行くのかって?
なんと、初めての母子旅です!
二人ともフランス語はおろか、英語も怪しいのでどうなることやら。

それでは、次回は珍道中のご報告をお楽しみに!

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謹賀新年2011

新年のご挨拶











初春のお慶び申し上げます。
皆様にとって幸多き年でありますよう、心からお祈り致します。

今年もフルートを加えた3人のダ・カーポサウンドを
皆様にお届けしてゆきたいと思っております。

どうぞよろしくお願い致します。




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